2010年1月28日木曜日

Yoga Retreat @ Pasadena

南カルフォルニアと聞けば、青い太陽と海に輝く太陽。年がら年中お天気で、冬でも春のような陽気なのかと思っていましたが、暮らしてみると、冬は冬で肌寒くコートのいる日もやってきます。そしてこの時期はちょうど雨期、といっても日本と比べれば雀の涙ほどでしょうが、先週は、とんだ大雨に見舞われた一週間となりました。度重なるストームで、時には窓をたたきつけるようにあられも降り災害も続発する始末。我が家の近所でも大木が風で倒され車が下敷きとなる事故が起きてしまいました。そんな悪天候の中、週末は金曜日からヨーガのリトリートがスタート。場所は、ここから高速で30分ほどの距離にあるロサンゼルス郊外の町パサデナで、どうなることかと心配しましたが、ストームの方も金曜日にはなんとか緩み始め、無事に初日から参加することができました。

今回のリトリートは、アメリカの数あるヨガの流派の中のひとつ、Anusara Yoga で活躍するSianna Sherman主催によるもの。 彼女指導のアーサナのクラスと、タントラヨガ哲学の教授Paul Muller-Ortega による講義及び瞑想の組み合わせで行われました。
金曜の夕方から始まり日曜日まで3日間と短期のものでしたが、集中して行われた長時間のアーサナの訓練と、その後の講義や瞑想の繰り返しで、体と心が共にもまれながら、しっかりとつながっていきました。
Sianna のクラスを受けるのは、今回2回目。最初の出会いは、ロサンゼルスに移って間もない頃、近所のホテルで開催されたヨガコンフェランス、そこで彼女のクラスをとり、その人柄と同様優美なアーサナと、彼女のトータルなヨガへのアプローチに親近感を覚え、またいつかクラスをとってみたいと思っていました。
サンフランシスコをベースに、世界中を飛び回って指導しているので機会がなかったところ、今回のLA近郊でのヨガリトリート開催で、新年早々からいいヨーガのレッスンを受けることができました。

South Psadena Library

ヨガのリトリートが行われた場所は、鉄道の駅からも徒歩圏内、メイン通りMission Streetからすぐの入って所にある、South Psadena Libraryに隣接するコンフェランスルーム。今回の参加者は7〜80名といったところでしょうか? 大きめのホールです。
ライブラリーが建てられたのは1895年と、歴史的な建物で、創設当時図書会の入口だったというコンフェランスルームは、入口の扉や天井など当時のままの風情を残し、歴史を感じさせるものでした。ホール内の窓越には、すでにマグノリアがピンクの花を咲かせ、早い春を感じさせてくれました。

ストームが去った後の週末土日は、雨に洗われた素晴らしいスカイブルーの空が広がり、太陽も元気に顔をだしました。特にストーム明けの土曜の空青さは際立ち、パサデナの町の風景に欠かせないMajestic Mountain 、San Gabriele の白雪とともに、青と白とコントラストが実に鮮やか!ひんやりとクリスピーなこの日の空気は清浄そのもので、ヨガリトリート日和、心が洗われるようでした


リト
リートを終えたあと、South Psadenaの町を少し散策しました。
メインのMission Street沿いには、ベーカリーやコーヒーハウス、ギャラリーなどが並び、今回のリトリート主催のヨガスタジオ、Mission Street Yoga も軒をならべています。
歩いてすぐ、「Mission Street」というメトロの電車駅があり、駅の周辺にも質のいいカフェが点在しています。駅は数年前にリノベーションされたとの事でとてもきれいです。ここからダウンタウンまでの通勤も
極めて便利、かつては鉄道が発達し、郊外の理想的な住宅地として発展したパサデナの町からは、みなダウンタウンへ列車で通っていたのでしょう。当時の姿が垣間みられ気がします。
これからまた徐々に鉄道が広がって行く兆しのロサンゼルスですが、車社会から鉄道中心の町へと生まれ変わって、スモッグの汚名を返上、またもとのカリフォルニアの青い空を取り戻してほしいものです。




最後にSouth Psadena の図書館で嬉しい発見!「ツバメの歌」などの素朴な絵本で知られる
Leo Politi のMuralの壁画をみつけました。以前ブログで紹介した、南カリフォルニアのツバメがやってくる教会、San Juan Capistrano 。ここに初めて出かけて行ったとき、ツバメの歌の絵本の教会に違いないと直感して以来、昔読んだこの本がずっと身近に感じられていました。そして今、ここSouth Pasadena の図書館で作家の描いた絵に出会ったのも何かの縁でしょう。
世の中って、いつもどこかでつながっているんだな〜、そんな気持ちになる絵との出会いでした。
YOGA= 結。ヨーガのリトリートで今回初めて訪れたサウスパサデナの町とも心が通いました。ヨーガが色んなものを繋いでくれたようです。

2010年1月17日日曜日

新年干支のお話 @寺子屋

ダウンタウン、リトル東京にある曹洞宗の禅寺、禅宗寺、ここで毎週土曜日に親子の手作りの学びの場、寺子屋が開かれています。朗読のボランティア耳文庫では、毎月第一土曜日に寺子屋の子供達に紙芝居や物語などお話を用意して訪ねていく活動を続けています。

ロサンゼルスの寺子屋、日本の文化をアメリカで生まれた子供達に伝えていきたいと20年ほど前に発足し、子供達の親が持ち回りで先生となり、年齢の違う子供達がいっしょになって学んでいるそうです。


今年始めての寺子屋。耳文庫が用意したお話は、新年にふさわしい干支の動物達が登場する物語で、動物のぬいぐるみたちも持参です。直前に耳文庫のメンバーから「牛とニワトリが足りない」と連絡が入り、我が家から牛のぬいぐるみとニワトリの鍋つかみ、そして黒ネコの手人形が飛び入りしました。

干支にネコ?? 実はこのお話、ネコも登場したのです!!

小さな椅子に並んだ10数名の子供達を前に、干支のぬいぐるみ達と耳文庫のメンバー3名でお話がスタート。私が担当する神様のこんな言葉で物語は展開していきました。
 
神様「元旦の日に私のもとに集まりなさい。早くやってきた順に、一番から12番目までのものを一年ずつ交代でその年を守る動物に決めよう。」

集まった動物達が大はしゃぎする中、要領のいいネズミが、自分は足が遅いからと準備周到、早めに出発した牛の背中に乗って神様のもとへ。
そして、初日の出とともに到着した牛の背中から飛び降りてちゃっかり神様に新年のご挨拶をしたネズミが一番、牛が2番。
その後を跳ねるウサギは、虎に追い越され、虎が3番、ウサギが4番でゴールイン。
そして5番に龍、6番に蛇が続き、仲のいい羊と馬が同時に到着。気のいい羊君、「馬君、お先にどうぞ」とゆずって、馬が7番、羊が8番となり、その後ニワトリ、犬、猿へと続きます。
3匹が団子になって到着したところ、神様の計らいで、けんかが絶えない猿と犬の間に、ニワトリを入れ、猿が9番、鶏が10番、犬が11番。
そこへ、いのししがもう突進で最後に到着。聞けば、間違えて違う山へ行ってしまったのだとか、いのししらしいお話で12番目に決定!

ところで、いったいネコはどこに?

実はネコ君、ネズミに一日遅い日にちを教えられ、いつものように昼寝をしてしまい、目覚めた時には、すでにレースは終わっていたそうです。ネズミにだまされたネコは、あとでカンカン!それで今でもネズミを追いかけ回しているんだそうです。まるでトムとジェリーのようなエンディング、ネズミにしてやられるネコの話は、古今東西同じようですね。
神様に「また昼寝をしていたのか!」としかられネコ、これに懲りて今でも寝ぼけない様、しょっちゅう前足で顔をきれいにしているのだとか。


干支のお話に続いて、クマの子ウーフがお母さんの誕生日プレゼントを見つけに行くという、かわいいお話が終わると、その後すぐに書道の時間がスタートしました。寺子屋のスケデュールは分刻み、びっしりの様子です。この日はお父さん達の姿も数名みられました。今年は、お父さんの参加も多いのだとか。親のといっしょに、元気に走り回る子供達。教室は、エネルギーに溢れ、ロサンゼルスの寺子屋は、親と子のふれあいのある温かな理想の学び場でした。

2010年1月12日火曜日

CES 2010 @ Las Vegas

ラスベガスとえば、ネオンにカジノに、エンターテイメントショーと華やかな夜の町といったイメージですが、ここはまたコンフェランスの中心地、年間を通じて実に様々なビジネス関連のコンフェランスやトレードショーが開催されます。
ストリップと呼ばれる大通り沿いには、これぞラスベガスと、度肝をぬくスケールでカジノ一体型の巨大ホテルや、大ショッピングセンターがズラリと並び、そこからコンフェランス会場へは、町を走るモノレールで移動も極めてス ムーズ、エンターテメントとビジネスの両方を併せ持つ町として見事にデザインされています。


CES 2010


数あるトレードショーの中でも毎年年明けに開催されるConsumer Electoronic Show 、CESの頭文字をとってセスと呼ばれる世界最大のトレードショーで、この時期ラスベガスは、世界中からコンフェランス会場にやってくる人々で溢れかえります。
今年は、私も会場にでかけていく機会に恵まれ展示ブースを回ってきました。木曜日から週末にかけて4日間に渡って行われたこのショー、様々な業界の人々が世界各方面から訪れ、その人出とともに会場の熱気
はまるで博覧会場並です。
毎年最先端技術が展示されるCESですが、今年2010年の
は、なんといっても3D TV。
そこでダントツに目立っていまのが、躍進目覚ましい韓国の
LG (Life is Good)とSamsungのブース。多くの来場者がつめかけまるで日本のラッシュアワーの駅の様。
    TVスクリーンの映像が万華鏡の様に繰り広げられるSamsung のブース


韓国勢のヴィジュアルで華やかな展示と比べて、日本勢
はかなり地味な印象。今年は出展を見送ったメーカーも日立を始め数社に及ぶとか。昨年末に封切られ話題の3D映画、AVATAR の映像で見せるPanasonic の展示会場には、デモショー入場に長い列ができていましたが、ブースの展示の魅力を含め、人気の程は韓国には及ばずといった感じでした。LGの3Dデモと見比べてみると、映像自体はパナソニックの方が、クリアーできれい、パナソニックの技術の高さを確信しましたが、ショーの進行や内容も新しさが感じられず、個人的にはLGのデモショーの方がはるかに楽しめました。リオのカーニバルの映像やロボットと少女の心温まるストーリーを3Dの映像作品にして紹介するといったもので、なんだか日本のアニメの十八番をとられたような後味でしたが、これもやったもの勝ちといったところでしょうか。来場者へのアピール力、プレゼンテーション能力の強さを韓国に感じました。
今やSamsung一社で、日本の電気メーカー10社合計の利益をしのぐのだとか、車もまた韓国車の売り上げが目覚ましいここアメリカ市場。日本が誇ってきたメーカーの行方は、この先どうなるのでしょう?!このままでは韓国そして中国に追い越されていくのは明らかと、日本の陰りを深刻に受け止めました。
デジタル化がますます加速していく2010年、電子ブックやテレビとSKYPEとのコラボなどのブースも目を引きました。本格的なデジタル時代の到来とともにに今後
オフィス空間、生活空間を含め世の中がすべてが大きく変わっていくことを、そして時代は確実に変化していくのだと強く感じた2010年のCESでした。


City Center

昨年12月、この不況下にオープンしたラスベガスのニュースポット、シティーセンター。 今ラスベガスで最もホットな場所です。
場所はストリップ沿いのど真ん中。古代エジプトやローマ、パリやニューヨークといったテーマパーク型のド派手なラスベガスの建物群とは一線を引き、センター内のホテルやコンドミニアム、高級ショッピングセンターなどの建物はどれもすっきりとしてモダン、センター内を走る青い車体のモノレールと、その空間を流れるように弧を描く白いレールが美しい未来都市を連想させるような外観です。
インテリア空間もアートのような仕上がりで、自然の素材をアクセントに取り入れたGREENを意識した仕上がりです。
彫刻や水が流れる壁、噴水など、アート作品を見て回る様にセンター内を歩いて楽しめます。時代の先端を感じるラスベガスの新空間です。



Valley of Fire

アメリカのエンターテイメントの町、人工的な町の極みとして世界に君臨するラスベガスですが、ここは、砂漠のどまん中!夕暮れともなれば、ネオンに先立ち、夕焼け空が砂漠の白い山肌を照らして輝き始め、その美しさにおもわず目を奪われます。
町の喧噪からはなれれば、ここもまたアメリカの大自然のまっただ中です。

今回は半日使って、ラスベガス
の町から車で1時間ほどの所にある Valley of Fire State park まで出かけて行きました。その名前からも想像の通り、ここは赤い岩、レッドロックに囲まれた州立公園。足を踏み入れるや、地球からほおり出され火星にでもやってきたかのような風景が現れます。実際1億5000年前の恐竜時代そのままの姿をいまなおとどめているとか。猿の惑星、スタートレックといった映画のロケ地としても知られる所です。













 
アーチ(左)     ロックの形は実に様々、人の顔,動物の姿と想像力をかきたてられます。

ラスベガスの町からほんのひとっ
飛びでこのような太古の地球の姿を目の当たりにできるとは! 時間を超越したような両極端な空間移動には唖然とさせられます。これもまたアメリカ大陸の醍醐味といったところでしょうか。
実にワイルドなアメリカの自然ですが、園内の移動は至って便利、Park 内はたいていどこも道路が見事に整備され、車で快適に見て回われます。これもまたアメリカ流。
赤い岩の宝庫、アーチや、古代インディアンの絵文字、petroglyphs が刻まれた岩肌、Seven
Sisiters とよばれる7つきれいに並んだ巨大岩とスポットを訪ねて回り、
最後に、White Duneへと向かいました。ここはコーラルピンクのパウダーのような砂と、白とピンクが混じってやさしい色合いの岩をもつ今までとは風情の異なる景観です。車を降りて飛び込んできたのは目の前に広がる青い空。ここで2本の飛行機雲が一点で交わる瞬間を目にしました。まっすぐに一直線に延びた飛行機雲、そこに向かって飛行機が空にもう一本の線を引きながらすすんでいきます。みるみる間に近づき一点で交差、その後空には見事な十字が描かれました!
  ワッオー! 思わず声が飛び出す感激の一瞬。今年はついてるぞ!



















                





2010年1月4日月曜日

A Happy New Year 2010 !


明けましておめでとうございます。

2010年、新しい10年へ向けての旅立ちの年がやってきました。LAで迎える3回目のNew Year、ブログも3年目に突入です。今年も素直な気持ちを言葉にかえてマイペースで続けて行こう思っています。本年もよろしくお願いいたします。

大晦日は一昨年同様、友人宅でのアットホームな年越しに参加、
一年ぶりに再会する方あり、また新しく出会う方ありでにぎやかに新年を迎えました。そして毎年大晦日に欠かさず会を重ねておられるご夫妻に感謝の気持ちで一年をしめくくりました。

友人宅を出て見上げると夜空には特大の満月! こうこうと輝く明
るい月の光を浴びながら家路につきました。このまれなる明るい月の正体はブルームーン! ひと月の間に2回訪れる満月をブルームーンと称し、ちょうど今年の元旦に重なったようです。Once in a blue moon...は、滅多にない、珍しいといった意味だとか。2010年のは、滅多にない月夜とともにスタートしました。元旦にブルームーンがやってくるのは20年ぶりのことだそうです。
新年の月のパワーにあやかって、2010年がいいエネルギーの循環の年となりますよう祈ります!

                    ライトアップされたパサデナ市庁舎と満月 


元旦の朝は、いつもより遅くスタート。我が家流おせちもどきをテーブルに並べ、パサデナで開催される毎年恒例のビッグイベントRose Parade の中継をTVで見ながらのんびりと過ごしました。元旦は風もなく穏やかな天気となり、夕方から外の空気が吸いがてら初日の出の代わりに初日の入りを見にいこうとサンタモニカの海岸へ出かけていきました。元旦の日没時間は、午後4時50分、4時過ぎに家を出て車でルート66の終着点として知られるサンタモニカブルバードを西の太平洋に向けて走ります。
元旦の道路は、車も少なくまるで時間の流れがとまったような静けさ、そして15分ほどであっという間に海へと到着です。日没までには、まだ少し時間があり、海を見ながら散歩を楽しむ事にしました。この日は暖かく、海沿いには同じようにサンセットタイムの散歩を楽しみにやってきた人たちでいっぱいです。
だんだん太陽が、海に近づいていきます。そして海上には、太陽の道がまっすぐ延びています。このまま海の上を歩いていけば太陽まで行き着く事ができるかのようです。
日が刻々と沈んでいきます。海と解け合い、小さな一点となる瞬間まで見つめたそのあとには、空一面に広がる夕焼け空!大空一杯に絵の具を流したような見事なグラデュエーション。誰にもまねできない自然の極意、LA で最高の風景画です。


 



ROSE PARADE FLOATS VIEWING



2010年幕開けの三日間、アメリカでは、新年のお祝いは、一日だけですが、今年は、土日を挟んだ3連休で日本並みの3元日となりました。
2日、3日も気温は上昇、ぽかぽかと温かな小春日和でまるでピクニックにでかけたくなるような陽気です。
今年は初めて、Rose Parade が開催されたPasadena のVictory Park へパレードの出し物、
ROSE PARADE FLOATS を見にでかけることにしました。毎年パレードのあと、週末まで展示され多くの人が見に出かけます。


今年は121回目となるROSE PARADEのテーマは ”A CUT ABOVE THE REST"。西海岸きってのNew Year's Day の風物詩とあり、当日の人では、夜中から場所取りでごったがえすといった人出ですが、パレードあとの山車見物も大にぎわい、元旦明けも週末はいいお天気が続き例年より多い入場者だったそうですが、到着してみてチケットに並ぶなが〜い列は想像以上、パレードの人気ぶりのほどが実感できました。
パレードの名称にもなっているバラを代表に様々な花や葉、植物素材でそれぞれ趣向を凝らして作られて山車は、どれも見事、花の豪華さはため息がでる素晴らしさです。
色んな賞も用意されているようで、公園に並んだ花に埋め尽くされた美しい出し物をたっぷり鑑賞してきました。

さあ、月と太陽と、花のエネルギーをもらって新年スタートです!















Most Beautiful のTrophy 獲得、人気のMountaintop Majesty     バラで埋め尽くされた山車

       

2009年11月5日木曜日

Autumn colour に染まるシカゴ、ミシガン

日米朗読会のイベントを終えて、翌週シカゴに向けて旅立った。1997年から2000年まで3年間過ごしたなつかしい町シカゴを訪ねるのは、実に6年ぶり。LAXを飛び立った飛行機は4時間かけてシカゴのO'HARE空港に到着した。西部から中西部への時差は2時間、アメリカは広い!と今更ながら感じる。まずはタクシーで友人の住むシカゴ近郊の町、Oak Parkへ向かった。 タクシーがOak Park に近づくにつれ当時の記憶が鮮明に蘇ってくる。以前と全く変わりない町の様子にシカゴとの時差をこえてはるか当時へとタイムトリップです。


ミシガンの秋

Oak Park で友人とのひさしぶりの再会。同じOak Park の町に住み家族ぐるみで仲良くしていた友人は、母と同世代ながら今も毎朝の水泳を欠かさず、以前と全く変わりない元気な姿で玄関口に登場。私も嬉しくうきうきとはずんだ気分でシカゴの滞在をスタートしました。翌日は早々、友人の娘さん家族の持つミシガンの別荘を訪ねることになり、友人の仲間たちも加わって女4人の2泊3日の小旅行へと出発です。

ミシガン湖を挟んでちょうどシカゴの対岸にあるミシガン州。別荘のあるThree Oaks という町までは車で1時間半ほどです。この日もいいお天気に恵まれ、紅葉をながめながらの快適なドライブとなりました。到着したThree Oaksの町もちょうど紅葉のピークを迎え、黄色く色づいたポプラ並木に紅やオレンジが交わりどこもAutumn colour 一色にに包まれていました。 そんな風景の中、紅葉のトンネルをくぐり抜けるようして到着した別荘は、100エーカーという広大な敷地を持つ実に夢の館!今年アメリカの雑誌『ARCHITECTURAL DIGEST』にも紹介されたという住居は、シルバーの波形メタルの 外壁に、ドアや窓のフレームの鮮やかな黄色のアクセントがきいたモダンな山小屋風といった外観、前に並ぶ、これもコテッジ風の車庫との組み合わせがとてもユニークです。建物の中は、2階まで吹き抜けの広々とした空間がひろがり、床から壁、天井まですべて 木材が使われ、暖炉にはライムストーン、キッチンには淡いベージュの大理石と、すべてやさしいナチュラルカラーの自然 素材で統一されています。そしてふんだんにある 窓からは庭の秋の風景がまるで絵のように眺められ、家の中はどこを見渡しても開放感に溢れていました。
私たちゲストにはそれぞれバス付きの部屋が用意されました。そして屋内プールに、スティームサウナとまるでリゾートホテル並み。敷地内の雑木林で紅葉狩り、朝夕はみんなでヨガもやって、さながらリトリート気分。庭の畑でとれた野菜も秋の味覚とテーブルの一品に。ミシガンの秋を五感で味わう素晴らしい旅となりました。







 別荘が掲
された雑誌と、かわいい子供達手作りのハロウィーンパンプキン







シカゴ到着以来ずっと続いていたお天気もミシガンからのシカゴへの帰る途中には崩れ、夜にむけて本格的な雨となりました。昨晩は友人と夜中まで話がはずみ、今朝は少々寝不足気味。友人の方は孫の参観日と雨の中早朝からでかけていきました。私はひとり友人宅で、雨音を聞きながらブログに向かっています。

そろそろ小降りになってきた様子、、、昼には雨もやむでしょう。
さあ、今日はシカゴに向けて出発です。


秋雨のOak Park


Oak Park は、シカゴ近郊の古くからある住宅地で、私も3年間を過ごしたなつかしい町です。シカゴのダウンタウンへのアクセスもよく列車で20分ほどで到着します。

昨晩からの雨で、せっかくの紅葉が散ってしまうのではと心配でしたが、外に出てみるとまるで黄色い絨毯が敷きつめられたよう、素晴らしい黄金街道に変身していました!

私が住んでいたのは、North Oak Park と呼ばれるエリアで、友人宅から駅まで歩いて、駅の反対側になります。紅葉の絨毯を踏みながら小雨の中散歩がてら行ってみる事にしました。
North Oak Park 一帯は建築的に見所が多く歴史的保存地区に登録されています。ことに旧帝国ホテルを建てた建築家として日本でも知られるFrank Lloyd Wright 設計の住居が点在していることで有名で、建築家を始め、多くの観光客が見学にやってきます。当時住んでいたNorth Oak Park Avenue 沿いの家の通りには小説家ヘミングウェイの生家もあり、ここもまた観光ルートのひとつでした。
アメリカで最初に住んだニューヨークの7年という歳月に比べるとシカゴでの3年間は短いかのようですが、今振り返ると多くの思い出が凝縮した年月として深く心に刻まれています。
アメリカ最初の町ニューヨークでは、好奇心のおもむくまま何でも見てやろう、学ぼうと、頭にいくつもアンテナをたて忙しく走り回っていました。ニューヨークの町はその欲求に答えて常に刺激的でおもしろく、7年間はあっという間に過ぎ去ったかのようですが、同時に氾濫する情報と物質に自分自身が疲弊しきった年月であったように思えます。その反動もあってか、シカゴに移ってからは、自分の持てるものを何か発信したい気持ちにかられ、何か始めようと、シカゴで始めたのことのひとつがボランティア活動でした。シカゴが私のボランティアのスタート、以来何らかの形でずっと続けています。今思うと”Take ”から”Give” へと少しずつ意識が傾いて行いった時期だったように思えます。

Oak Park にあるFrank Lloyd Wright Home & Studio、ここは、ライトが、建築家としてスタートし、6人の子供を育てながら20年間住んだ始めて建てた自宅兼仕事場です。世界中から建築家やツーリストが見学に訪 れ、日本人もまた多くやってきます。私が当時住んでいた家からも歩いて行けるところにあり、シカゴに移ってすぐ、日本語案内のボランティアとし て参加しました。この日も雨の中、ツアーの団体が家の前に集り盛況な様子でした。


          Frank Lloyd Wright Home & Studio

Home & Studio のあるChicago streetを渡ると数ブロック先に、Hernandes & Woodインテリアデザインスタジオが見えてきます。ここにはインテリアデザインの見習いとしてしばらく通っていました。看板も当時のままで、「まだ在る!」とホッとするや、家の前のポーチには、犬の連れたナンシーのなつかしい姿が!思わず手を振って近づいていくと、訝しそうに身を前に乗り出しながら、しばらくして「Ka、zu、e ~?」とつぶやく声が聞こえてきます。懐かしさのあまり、胸がジ〜ン、、、ナンシーの顔がほころんで笑顔の変わっていくのを見ながら、当時の思い出が溢れ出してきました。

最後に Chicago street からOak Park Avenue に入り、駅の方へ戻ることにしました。その途中には3年間住んだなつかしい我家があります。
そこは2世帯住宅として建てられた一軒家で、当時2階を借りて住んでいました。
思い切ってベルを鳴らすと、大きな少年が出てきました。以前住んでいたと話すと笑顔になって、家の中に招き入れてくれます。そう!この少年の名はSammy、当時はまだ2歳くらい、大好きなシカゴカブスの選手Sammyになりきって裏庭でバットを振っていた姿を思い出しました! 
住んでいた2階の家は、植物学者であるご主人の書斎兼仕事場に様変わり、リビングだった部屋の壁は、全面本で埋まっていました。

様々な思い出を紡ぎ出しながらOak Parkの町を訪ねてみると、思い出とは、まるで記憶の中にしまわれた宝石のように感じられてきました。



シカゴの町を歩く

建築の町としても名高いシカゴの町。ここはニューヨークの碁盤の目のように建つビル群とは違って、高層のビルディングが陰を作らないよう、そして建築が町の風景として考えられて配置され、建築の美しい町といわれています。

2000年に日本へ帰国するときに、出来上がったミレニアムパーク、ここには奇抜なデザインで知られるゲーリーの建てた野外音楽堂があり、新たなシカゴ市民の憩いの場所となっています。

     ミレニアムパークに置かれた銀色の球体、シカゴの町が映し出されておもしろい

すぐ近くには、アメリカ四大美術館のひとつ、Art Institute of Chicago があり、今年新たに現代美術を展示するウイングがオープン。建物はイタリアの建築家、Renzo Piano によるもので注目を集めています。

美術館のコレクションは、スーラーの『グランドジャット島の日曜日』を始めとする、フランス印象派の作品が有名ですが、先に触れたフランクロイドライトによる浮世絵の収集などからなる日本美術にも定評があります。ここには、日本の建築家、安藤忠雄がデザインした、屏風を展示する為に作られた部屋もあり、お城の中をイメージしたといううす暗い部屋は、禅ルームとも呼ばれて、隠れた人気スポットのようでした。この美術館にはボランティアとして毎週通っていたこともあり今も特別な思いいれのある美術館のひとつです。

シカゴの町は、水のある町、東の端は、ミシガン湖に面し、また町の中には川が流れ、その跳ね橋とともにシカゴの景観を彩っています。夜のシカゴの町もそのイルミネーションととともに魅力的です。夜の町を歩きながら、随分と外国からの観光客が増えている様子に驚きました。オバマ効果でしょうか? 


シカゴを発つ最終日は、友人宅に置いた荷物を取りに、再びOak Parkへ。そして最後に友人と共に、Oak Parkの外れにある公園の紅葉を見て空港へ向かうことしました。友人の方は、昨日ふらりと車でその公園を通り、あまりの紅葉のすばらしさに近くの友達を誘って出直したとのことでした。

公園の紅葉は、あっと息をのむものでした。ピークはすでに通り過ぎているのでしょうが、今がまさに最後というような輝きに満ち溢れています! 命のはかさと輝きを同時に見せてくれた感動的な一瞬の秋の風景でした。









1週間のシカゴ滞在を終え、週末夜の便で LAへ帰ってきました。4時間のフライトは、2時間の時差を縮めて夜9時ころLAに到着。飛行機の窓から眺める夜のLAの町、まるで空から星を落としてちりばめたような光のしずくで、ここもまた息をのむ美しさに包まれていました。 光の町、LAへ突入です。

2009年10月18日日曜日

心つなぐ日米の詩

今年第2回の日米交流朗読会が、ダウンタウンにあるロサンゼルス市立図書館、リトル東京ブランチで行われた。朗読ボランティア耳文庫主催によるこのイベント、昨年同様日本から堀田紀眞さんを迎え、また今年新たな試みとして、アメリカの高校で日本語を学ぶ高校生達に参加してもらうこととなった。


朗読会のプログラムは、まず耳文庫の出し物から。今年は太宰治の生誕100年ということで『走れメロス』をとりあげ、私もナレーションのパートを一部朗読した。

続いて、日本からのゲスト堀田紀眞さんが、山本周五郎の『糸車』の朗読を披露、

その後、ノートルダム高校生達による詩の朗読と続いた。


ちょうど昨年の日米朗読会 から耳文庫のボランティア活動に加わり一年が過ぎたところで、今回は文字通り2回目の参加となる。LAでの生活もこの11月で丸2年となるが、こちらで実感することのひとつがアメリカの若者達の日本語への関心の高さ。日本のアニメなどを通じて日本語にも興味を持ち、なかには独学で学び始める子供達もいるほどだ。いまや日本の経済ともに、80年代をピークに盛況だった日本語ブームも下降の一途で、高校や大学の日本語クラスも中国語におされ減少しているそうだが、それでも、若者達の日本語熱は今も健在、かつてのようなビ ジネス一辺倒からは遠ざかり、日本のカルチャーへの興味へと移行しているのは、むしろ喜ばしいことのように私には思える。日米交流という名のもとに昨年からスタートしたこの イベント、今回は準備段階から関わることができ、こちらで日本語を学ぶ学生達に日本語への理解と興味を深めてもらえればと、 ノートルダム高校で日本語教師をされている庄司先生と協力して日本語クラスの生徒達に参加してもらう運びとなった。


9月の新学期とともにイベントの準備もスタートし、高校の日本語上級の3年生と4年生のクラスで詩の朗読を試みた。日本語を朗読するのは初めてのことであったが、クラスみんなの反応は、「もっと日本語の発音が上手になってきれいな朗読が できるようになりたい」と前向きで、結局3年生のクラスから6名の出演希望者があり、まずは順調な滑り出しとなった。


今回取り上げた詩は、アメリカと日本の詩の2編。それぞれ日本語と英語の2カ国語で朗読するという趣旨で、日本の詩は、高村光太郎の代表的な『道程』を アメリカのものは、日本でも新井満の訳で歌にもなり有名となった『千の風になって』の原文を取り上げた。

『道程』の方は、英語訳が見つからずクラスで高校生達に取り組んでもらうことになった。どうなるかと心配したが、素晴らしい訳がいくつか出てきて中からひとつ選び朗読してもらうこととなった。まさに案ずるより生むが安し!である。

しかし、いざ練習が始まってみると、高校達はそれぞれ部活などに忙しく練習時間の調整が難航、結局みんな揃っての練習ができずに当日を迎え、リハーサルではじめ て通したというようなぶっつけ本番に近いものとなった。それでも参加した高校生達はみんな緊張した面持ちながら、ちゃんと顔上げて一語一語はっきりと心をこめて朗読してくれ、続いて披露した「千の風になって」の合唱もとても感動的だった。観客のみなさんから大きな拍手をいただくと、舞台に並んだ高校生達の表情からすーっと緊張がほどけ、笑顔が輝いていくのを見ながら、まずはみんなといっしょに日米交流の第1歩を踏み出すことができたかなと嬉しさと安堵の気持ちで一杯だった。


最後は、耳文庫の十八番。耳文庫のメンバーの絵による手作りの紙芝居ゴンギツネ。紙芝居を食い入るように見つめる高校生達の表情が印象的だった。

そして、紙芝居の終わりを告げる拍子木の音とともに第2回の日米交流朗読会の幕は閉じた。


朗読会を終えて すぐ、今度はみんなでオリジナルの紙芝居を作ろうと盛り上がっている高校生達。日本語クラスには個性豊かでクリエイティブなメンバーが揃っているそうだ。絵を描く人、文章を書く人、音を奏でる人と、興味は様々で、人材豊富。

さ〜あ、明日に向けて走り出そう! 

        

        


 Be creative!  Enjoy Japanese!!



2009年9月28日月曜日

秋の色

9月も終盤となり日も短くなってきました。夏の終わりを少し淋しく感じる今頃ですが、それと引き換えに素晴らしい夕焼け空がまたかえってきました。そしてまた日暮れとともに顔を出す月の姿がひと際冴えて美しい季節の到来です。

9月に入り、新学期がスタート、今季は久しぶりにまたビバリーヒルズハイスクールで行われているアダルトスクールのESLプログラムをとることにし、アメリカの文化と歴史、そして会話の2クラスに通い始めました。どちらも多彩な国からの参加者でにぎわい、クラスを通じてアメリカだけではなく様々な国の文化を知る事ができるいい機会となっています。クラスではテキスト以外にも新聞記事を題材に数多くのボキャブラリーに浸ることになり、まだまだ英語は勉強していかないとダメだなと感じています。

生活バランスをモットーに6月からスタートした「Balance of Life」 のヨガクラスも今月からもうひとクラス増やし朝と夜のクラスで再スタート しました。参加していただいているメンバーの皆さんたちと週2回ヨガを通じていいエネルギーの循環をはかっています。
今月はまた「自分の香りを見つけよう」とのテーマで、みなさんが楽しみながらアロマセラピーの香りについて学んでいただけるクラスをもつことができました。LAで食通倶楽部を主催されている参加者の方が、ご自身のブログに素敵な写真入りで紹介してくれました。
http://ameblo.jp/shokutsuclub/entry-10344992917.html



さ〜て、夏も終わりです。といっても、ここ南カルフォルニアの海は、日中まだまだ活気に満ち、この週末は、サンタモニカのすぐお隣のトパンガキャニオンビーチへ夫のサーフィンの練習につきあいでかけていきました。
今年はなにかスポーツを始めたいと、夫が選んだのがサーフィン。今回は2度目のトライアルです。若いサーフィンの師匠の指導のもと今回も奮闘、ボードに立つ所までにはいかなかったようですが、波の上で座ることはマスターしたようで、次回からは一人で練習できると、やる気充分。無心で波と戯れる開放感が何よりもリフレッシュになり魅力の様です。
ここには、中級クラスのサーファーが集まるとのことですが、この日も地元のサーファーたちが集っていました。みんな生活の一部のようにさりげなくやってきて、さっさとウエットスーツに着替えてボードをかついで海に入っていきます。
サーファーはカルフォルニアの海の風景の一部みたいです。
沖からあがってきた腹ぺこの二人。ここのビーチにはいい具合にピクニックテーブルがあり、そこでお弁当を広げてのランチタイム、この日は、少し雲がちで、パラソルもいらず助かりました。

ランチのあと、ビーチ沿いの道路を超えて、少し散策。
目にとまったガーデンファニチャーがずらりと並ぶお店の中を通り抜けると、裏口にはハロウィーン用の大きなパンプキンがずらりと並んでいました。
もうちまたはすでに秋の色です。