2009年1月28日水曜日

LA Lakers 観戦 @STAPLES CENTER

昨日、Los Angeles Lakers のホームグランド、ダウンタウンのSTAPLES CENTER で行われたCharlotte Bobcats とのNBAのバスケットボールの試合は、2回に及ぶ延長戦にもつれ込み、終盤は観客総立ちで応援、スタジアムは多いに盛り上がった

7時半から、国歌斉唱とともに始まった試合は、ノースキャロライナ州のチーム、Bobcats の優勢でスタート。試合中盤、相手チームの選手が転倒し退場するといったハプニングがあり、その後からは試合の波が変わったように、Lakers がぐんぐんと追い上げ、花形スターKobe Bryant も期待に応える見事なプレイで次々と的確にシュートを決めていき、ついに逆転、会場は湧きに湧き上がった。試合の途中ではタイムアウトの度にLakers Garls が現れ、ダンスを披露、また会場のスクリーンに観客の顔が映し出されると、それに答えて特異のダンスを披露する人、大はしゃぎする子供達などなど、みんな目一杯のパフォーマンスを展開。"Kiss Me "画面なるものも登場、次々にカップルが映し出されるなか、微笑ましい老夫婦のカップルの姿が登場、観客の反応もよく、カメラマン本人も気にいったと見え、3回も登場し3度目のキスシーンに会場は受けに受けた。ゲームを挟んでの、楽しい幕間の余興の数々に気分もぐんぐん盛り上がる。
後半このままLakers 逆転か見えた試合転換、しかし相手もしぶとく、またしても追い上げられてとうとう延長戦に突入。もうこの時点で選手はみな流れる汗とともに疲労困憊の様子。現在Lakers は圧倒的な強さで一位を独走中であるが、今回の対戦相手、Bobcats にはずっと苦戦を強いられ、今回のホームグランドでの試合も連敗続きで今日は、意地でも勝ちたいところ。延長戦に入って終盤、とうとう5回目の反則を告げられてKobeの退場という事態に。そして迎えた2回目の延長戦。このとき嫌な予感を感じたのは私だけでは、無かっただろう。スクリーンに映し出される " make noise !" " Loud !" ともに声をはり上げる観衆の応援の力も及ばす、2回延長の末、110対117でまたもBobcatの勝利で幕が切れた。

おおいに盛り上がった今回の試合であるが、2回延長の終盤既にLakers の負けが確実になると、さっさと席を立ってかえりだす観客の姿には驚いた!実にあっさりすたもので、あの盛り上がりはなんだったの??
しかし、負けても勝っても、目一杯の応援で、気分はすっきり。平日の火曜日だというのに会場は大入り満員、子供ずれの家族、老若男女のカップルでいっぱいである。
一年を通じてスポーツ観戦を楽しむ事ができるアメリカでは、これはもう生活の一部なのでしょう。仕事をおえて一杯ならぬ、家族や友人と楽しむスポーツ観戦にアメリカの明るさを感じました。
会場を出ると、そこは美しいイルミネーションの別世界!街路樹の光のモニュメントが素晴らしく、LAらしい粋な光の演出です。

今朝の新聞、まずはスポーツ版に目を通すと、案の定昨日の試合の記事が第一面に。延長戦となったのは、今シーズン初めてだったとのこと。今回が初めてのLakers 観戦、負けはしたものの、大当たり!のゲームでした。


 

2009年1月26日月曜日

My First Opera "MAGIC FLUTE"

突然の友人からの電話、風邪を引いたので、代わりにオペラを観にいかないかとのこと。
演目はLAオペラ主催の "Magic Flute" 、モーツアルト最後のオペラ作品です。
ちょうど数日前にユニークな衣装の写真入りで舞台の様子を紹介した記事を目にし、興味をそそられていたところで、二つ返事で承諾。ダウンタウンに住む友人を誘って初めてのオペラ観劇に出かけてきました。
場所は、ダウンタウンのMusic CenterにあるLAオペラ専属劇場、Dorothy chandler Pavilion。その向かいにはLAフィルハーモニックのWalt Disney Concert Hallがあり、その他、Mark Taper Forum 、Ahmanson Theatre といった劇場を合わせ持つMusic Center は、NYのリンカンセンターに並び、アメリカでも三つの指に入る大規模な文化施設です。近くには、磯崎新氏建築の建物としても知られる現代美術館、MOCAもあり、Grand Avenue 沿いのこの一帯は、さしずめLAの芸術、文化のメッカという所でしょうか。

LAオペラの歴史は新しく、以前はNYオペラが定期的に巡業公演に訪れていたそうです。現在は、世界的に有名なテノール歌手、Placido Domingo が総監督を務め、年間のシーズンを通じてプログラムが組まれています。
今期5作品目となる今回の演目は、"Die Zauberflote" 、モーツァルトがドイツ語で手がけた生涯最後のオペラ作品として知られる"Magic Flute" 、「魔笛」です。
     Dorothy chandler Pavilion前、広場の噴水は、夜のイルミネーションとともに見事です。
LAに転居する前年の2006年、日本でモーツアルト生誕250周年を記念してNHKの衛星放送で「毎日モーツァルト」という番組が放映され、文字通り月曜日から金曜日まで1年間に渡って毎日一曲ずつモーツァルトの珠玉の名作を彼の人生の奇跡とともに紹介するという10分間の番組がありました。私もまさに「毎日モーツァルト」で、その番組をきっかけに今までのモーツアルト観が一転。それまでは、たぐいまれな才能に恵まれた夭折の作曲家、といった通り一遍のイメージしか持ち合わせていなかったのですが、その波瀾万丈な人生に圧倒され、モーツァルトが人生の中で様々な壁 にぶつかりながらも常に音楽を愛し、いつも自由で情熱的に妥協のない生き方を貫いたことに感動、番組 を見終えて、その35年という生涯は決して短くはなく、もうこれ以上は生きられないほど燃焼して生きたんだと感慨無量でした。そして私の中で、雲の上のモーツァルトから生きた人間モーツアルトとして変化、モーツアルト開眼となりました。遅ればせながら、NHKさん、素晴らしい番組をありがとう!

そんな個人的な思い入れもあって、今回初めて観るオペラの演目が、モーツアルトの "Magic Flute"とは!、心踊ります。

モーツアルト最後の作品として有名な「魔笛」は、当時困窮のどん底にあったモーツアルトが、ウィーンで書き上げた念願のドイツ語のオペラ作品。当時ウィーンでは、大衆劇が人気を集め、旅回り劇団の座長、シカネーダともに作り上げたこの作品は、従来のオペラ作品とは全く趣の違う、形式にとらわれない自由なスタイルのオペラとして登場したそうです。
舞台は、年代不詳のエジプト。まず舞台は王子タミーノが大蛇に襲われるシーンから始まります。LAオペラは、いつも衣装や舞台美術が斬新で目を引くそうですが、今回の舞台も驚きの色とデザインで多いに楽しめました。クラシカルなイメージのオペラとは印象が違います。カラフルな大蛇にピエロのような衣装の鳥刺しパパゲーノ、高僧ザラストロの衣装は猿の惑星?
ぬいぐるみのライオンは、まるでブロードウェイのライオンキングと、観てるだけでも充分楽しめます。
物語は王子タミーノと、愉快な鳥刺パパゲーノの奇想天外な御姫さま救出劇。
タミーノは、夜の女王からさすがった魔法の笛を、パパゲーノは、魔法の鈴をもって女王の娘パミーナを助けに出かけます。
様々な試練に直面しますが、二人には3人の童子が付き添い、いざというときには、空中に浮かぶコウノトリの船に乗って彼らを助けにやってきて、ボーイソプラノの麗しい歌声を披露します。そして目を見張るばかりの圧巻な衣装で登場した夜の女王!作品中の難曲「夜の女王のアリア」を極めて高い技術を要するとされるコロラトゥーラ ソプラノで見事に歌い終えるや会場は拍手喝采の渦に包まれました。
舞台は上品で生真面目な王子と、下品な言葉を吐いては観客を笑わせる陽気なパパゲーノを軸に展開していきます。主役は、もちろん王子タミーノですが、強烈な個性を放ち生を謳歌してありのままに生きるパパゲーノに段々魅了されていきます。そして舞台を見終わった後、王子も、パパゲーノも人間そのもの、モーツァルトその人、のように感じられました。
生きる喜びを体中で表現するかのように歌うパパゲーノのアリアでは大好きなグロッケンシュピールの音色が混じり、その澄んだ響きが今もよみがえってきます。      夜の女王の衣装はとびきりfantastic!

2009年1月21日水曜日

歴史に刻まれた一日 The Inauguration of Barack Hussein Obama

1月20日行われたアメリカ第44代オバマ新大統領の就任式は、まさに世紀の大セレモニー、ワシントン連邦議会議事堂前にはこの日200万人を超す記録的な数の人々が集結、人々の熱いまなざしの中、現地時間の正午から就任演説が行われました。


就任式に先がけ既にワシントンは祝賀ムード一色。就任二日前にリンカーンメモリアル広場で開催された祝賀コンサートもまた一大イベントでした。「We are one 」をキャッチフレーズに人種を超えてハリウッドの俳優や大物シンガーが集って出演、オバマ大統領の就任を祝って心からの歌やスピーチが繰り広げられそのコンサートの模様はHBOで放映されました。BonoやBruce Springsteen、Stevie Wonderと名前を挙げれば枚挙にいとまがない豪華メンバーが立て続けに登場、最後は黒人の歌姫、Beyonce の「America is Beautiful 」の歌で締めくくられ、人種を超えて祝いに集結した出演者達の晴れやかな表情と、演奏を聞き入るオバマ次期大統領の笑顔がともに印象深く感動的でした。  当日ワシントンまで出かけた知人のアルバムから 
       オバマ人形とともにナイスショット!

カリフォルニアタイムでは朝の9時から就任演説とのこと、
この日は早朝からTVの前にかじりつきでした。就任演説を前に数々のセレモニーが執り行われるなか、ソウル歌手の最高峰、Aretha Franklin の魂の歌声が披露されると、セレモニーも段々クライマックスへ。続いてJoe Biden 副大統領の宣誓式が執り行われ、そのあとスターウォーズやジョーズなどで知られるアメリカ映画の作曲家として名高いJohn Williams アレンジの "Air and simple gifts" (オリジナルは、シェーカー教団のJoseph Elder Brackett による"Simple gifts"という曲)がヨーヨーマのチェロ、パールマンのバイオリンにクラリネットとピアノの心に染入る見事なハーモニーで演奏されると、待ちに待ったオバマ新大統領の宣誓式がやってきました。宣誓式では最高裁判所長官の言葉に続いて誓いの言葉を告げるオバマ氏が口ごもるという思わぬハプニングが。実はとちったのは最高裁の方で、緊張のあまり順番を間違たのだとか。その間もオバマ氏は、慌てることもなく終始笑みを絶やさずで、その動じない姿にはまた感心しました。
そしていよいよこの日のクライマック、国民と、先祖への感謝の言葉で始まった18分の就任演説。 その力強い響きの中で最も心に残ったのは、"Hope over fear" と、"New era of responsibility"という言葉。
同時に演説を見つめる人々の表情もまた感動的でした。流れる涙を拭おうともせず演説に聴きいる人々の姿、先祖の写真を体中に貼付けて演説を見つめる黒人の姿、そして歓喜する人々、そのどの人の表情もみな明るく清々しい。アメリカの歴史は同時に黒人解放の歴史、自由獲得のための永遠に続くかと思われたその長い道のりの中で、ついにやってきた黒人の大統領就任というこの日は、多くの黒人にとって、まさに彼らのそして祖先の魂が救われた日なのだろうと思われました。一条の希望の光、そこに辿り着くことができた奇跡のような日なのだと。そしてアメリカ史上初めての黒人の大統領が誕生することによって、今まさに大国の自信を失いつつあるアメリカに、また前進していくための希望の光を、"Anything is possible, if we hope"というアメリカ再生への希望を国民の多くが抱いているのだとテレビの画面を見つめながら感じました。
政治は国民が作るもの。今日のオバマ新大統領の実現も国民が本気でアメリカを変えたいと思ったから。国民による国民のための政治という言葉とともに、アメリカの政治は国民が主役なのだということを肌で感じる一日となりました。

最後に、「希望と美徳をもって勇敢に現実の難局に立ち向かい、試練のときにも我々は、旅を終わらせることなく、そしてそこから翻る事無く、前を見据えて前進したと、後々の子孫に語れるようにしよう。」という言葉で締めくくられましたたオバマ大統領の就任演説は、これからやってくる苦難の時代を希望を失わずにみんなで乗り切ろうという決意表明のように聞こえました。
アメリカの新時代への幕開けが地球全体のよりより明日への希望の旅立ちとなる事を願います!    

             
           就任後早々、Greenhouse Fuel Efficiencyにサインするオバマ大統領

2009年1月6日火曜日

元旦ののどかな風景

明けましておめでとうございます。
大晦日は、知人宅の集まりでみんなと一緒に新年のカウントダウン、わいわいと楽しく新年を迎えました。
昨年のクリスマスの日も友人に家族と過ごす内輪の集いによんでもらい、プレゼントを交換したり、クリスマスソングを歌ったりと、とても心温るクリスマスの夜を過ごしました。今、こちらで暮らし始めて2年目の年を迎え、家族ぐるみでおつきあいできる友人に恵まれた事に夫とともに感謝しているところです。人との出会いは本当に人生の宝物ですね。

さて、2009年があけました。
元旦の日は、家にいる限り、まずお雑煮をつくります。我が家伝来の味は、鶏肉入りのだしを効かせた醤油味、夫の家は、白みそとのことですが、これは作る側の特権とずっと自分の好みで通しています。
そして引っ越し後の荷物がきれいさっぱり片付いた我が家で、何に追われる事無く、久々ゆっくとした朝をすごしました。
午後から友人に新年のメールを送り、日が暮れる前にと途中で切り上げて夫と近所の公園を散歩に出かけていきました。

LAの1月1日と言えば、近郊のパサデナの町で開催されるローズボールパレードが風物詩。そこでは、熱さのため観客数人が倒れ,救急車で運ばれたというような話を後で知りましたが、同じLAでも大違い、こちらは、海に近いせいでしょうか、少し霧のかかったひんやりとした天候でした。                  元旦の日のきれいに色づいたイチョウの木 
すぐそばの大通りを渡ると、ゴルフ場に隣接して公園につながっていきます。並木道にそって歩いていくと、巨大な松ぼっくりをふたつ見つけました。見上げてみると、なんとも背の高い松の木が空に向かってそびえています。
すれ違う人々の足取りも表情も清々しく、犬を散歩させてる人、ジョギングをする人、バスケットに興じる若者達、どの風景もいつもとは違ってゆったりとした時間が流れているように感じられます。ちまたの不況のニュースまるでここではどこかの違う星の話のような、のどかな元旦の風景です。 公園の一角、テニスコートのそばに小さなカフェをみつけました。


今年は、いよいよオバマ新政権が始動です。何とも1929年の大恐慌数以来という世界中を巻きこんだ歴史的な大不況に居合わせてしまったようです。問題山積、先の見えない時代に突入するわけですから、試行錯誤は必至。でも同時にこれから歴史的に大きく何かが変わる時代の幕開けである事は確かだと思います。新しく生まれかる事を決意し、期待を込めて国民が選んだ新政権。オバマのスローガン Yes, we can! を力に、人も国もみんなで力を合わせれば、今から地球も変わるはず! 2009年が地球にとって、そしてそこに住む人々にとってよりよい新時代への旅立ちの年となりますように。















  公園からの帰り道まだ5時だというのにすっかり日が暮れました。公園の向かいは、FOXフ社のスタジオ、
  今月13日からまた人気リアリティー番組、America Idol がスタートするようです。
  その先にある2棟のコンドミニアム、一見何の変哲も無いコンクリートの建物にしか見えないのですが、
   日本ではMIHO美術館を
建てた事でも知られる世界的な建築家、イオ ミン ペイ氏による設計だそうです。

2008年12月23日火曜日

引っ越しに追われた、Holiyday Season

気がつけば12月も下旬、今週はHappy Hanukkahに、Merry Christmasとホリデーシーズンもたけなわ。
アメリカでは11月下旬の感謝祭が過ぎるとともにやクリスマスツリーがお目見え、町の街頭やウインドーもライトで美しく飾られ町は華やかに活気づきます。今年は過去数十年来という大不況のため経済は冷え込み、派手なクリスマスパーティーなど中止する企業が増えたというような不況話が飛びかう中、この時期年間の売り上げの半分以上を占めるというショップはどこも前倒しのセール一色、クリスマス前からなんとか売り切ろうと懸命の様相です。
LA名物、アウトドアモール、The Groveにお目見えする樅の木のクリスマスツリー。NYのロックフェラーセンターのものをしのぐ高さ

ここLAでは夏のような陽気が11月に入っても続いていましたが、12月の声とともに一気に冷え込んできました。先週は、ストームの影響でめずらしく数日来の雨が続き、山の麓の町は積雪となりまるで雪国、見出しの写真とともに新聞尾ローカル版の一面ニュースでした。近辺の町でもコート姿の人々が目立ち、いつもとは違う冬の装いのLAの風景でした。

そんな中、12月1日我が家の方は、引っ越しでした。昨年11月に日本からLAに転居して一年、やっと落ち着いたのも束の間、またの引っ越しです。今回は同じセンチュリーシティーの数ブロック先のコンドへの移動ですが、目と鼻の先といえども引っ越しには変わらず、今年のサンクスギビングのホリデーもまたてんやわんやの嵐のうちに過ぎ去りました。ここ数日前、段ボールの山ともおさらば、ようやく引っ越し荷物からも解放され、なんとかすっきりとした気分でクリスマスを迎えられそうです。

そしていまようやく12月のブログも更新です。
LA転居を期に、日本の友人たちとの交流にもなるかと、2008年の元旦の計で自分に課して始めたブログもなんとか一年途切れず続ける事ができました。LAでの生活の中から感じた事を素直に文章にして伝えていこうと今年一月からスタートしましたが、書きたいテーマは次々と浮かぶものの、じっくりとパソコンに向かう時間が思うように取れず、タイトルだけ放り込んで終わってしまったものもいくつかありました。友人からももっとまめにアップしてよとの声も送られてきましたが、結局月に2〜3回の更新といたってスローペースに終始しました。
一年間続けてみて感じる事は、考えや思いを文書にすることの労力と報酬、といったような所でしょうか。思った事を行動に移す事もエネルギーがいることですが、文章にするという行為もまた頭の脳をしぼられるような労働で、たとえささやかなブログであろうと、努力のいる行為でした。
しかし、その報酬としては、まず文書にするからには、いい加減な事はかけないので色々と自分自身勉強になることも多く、そして文章にする事によって自分が何を思い、感じているのか、自分自身の内面の意識と向き合う事で考えがクリアに整理され、時には、自分自身の内面の意識と向き合う事で無意識があぶり出されて意識に変化するといった大きな気付きがありました。これは労力の見返りとしての授かり物ですね。
来年もまた続けていこうと思っています。どうぞよろしく。

Happy Holiydays!  December 2008



2008年11月21日金曜日

世界のYOGAの発信地、LA

人種のるつぼと言われるアメリカの中でもここロサンゼルスは群を抜いています。ここからも東へ少しダウンタウンに向かって走ればハングル文字の看板が氾濫するコリアンタウンが広がり、その先はメキシカンタウン、南にはグリークタウンが、ハリウッドを目指して北へ向かうとタイタウンやその先にはリトルアルメニアなる町も現れてきます。全くありとあらゆるエスニックタウンが形成される様はまるで人種の織物のようです。

人種に限らず何かにつけダイバースと形容されるLAですが、それはヨガの世界もまたしかり。その種類、数の多さは、驚くばかりで、ありとあらゆるスタイルのヨガがあり、ヨガセレブリティーと称される国内外で活躍するヨガインストラクターもLAに集中しています。私もこの一年、いくつかのヨーガスタジオに足をはこびました。有名どころでは、ヨガスタジオの草分け的なYOGA WORKS やシアンコーン、シバレイといったカリスマインストラクターのクラスがある、ベニスのEXHALE、ハリウッドの中心に素晴らしいスタジオを持つクンダリーニヨガのメッカ、GOLDEN BRIDGE など、独自のインストラクター養成コースを持ちクラスの種類も多く充実しています。
つい最近、ウエストハリウッドにあるCity Yogaというスタジオへパートナーと二人で行うタイ式ヨガのクラスを夫とともに受講しました。夜の7時からたっぷり3時間のクラスで参加者は私たちを含め4組、そのうち二組は、なんとレズビアンとゲイのカップルでした。LAならではのヨガクラスと夫とともに納得した次第です。

ちょうど秋は新学期のシーズンで、今期10月、11月とLAのロヨラメルモント大学のエクステンションプログラムでヨーガスタディーのクラスをいくつか受講しました。ここはキリスト教系の大学なのですが、仏教や東洋哲学などのクラスも充実していてなんとも興味深いプログラム構成です。ここにサンスクリット語のクラスがあると友人から聞き問い合わせた所、ヨーガスタディーなるクラスがあると知りました。学校は世界一大きな人工のヨットハーバーで知られるマリアナデルレイの町の近くに位置しています。裕福な学生を抱えるプライベートスクールだそうで、大学の入り口には見事な噴水が、そして入ってすぐのUniversity Hallという全面ガラス張りの建物にエクステンションのクラスが入っています。まるで一流のオフィスビル並、天井まで吹き抜けの建物内は自然光がたっぷり入り、ガラス越しに見る山並みを借景に木々が街路樹のように植えられて緑あふれるしインテリアとすばらしい環境です。
今回受講したのは、ANATOMY AND PHYSIOLOGYと、INTERNAL ORGANS の二クラス。どちらも今期一ヶ月に渡って行われたヨーガインストラクターのプログラムの一環として設けられたクラスで、受講者はヨーガ指導者もしくは指導者を目指している人たちでした。 クラスは10数名と少人数でしたが、驚いたのは、LA在住は、私を含め3名で、他のメンバーは、イギリスやカナダといった国外や、アメリカ内でもテキサスなど他州からの参加している人たちでした。アナトミーのクラスは、東洋医学のドクターによるもので、骨や筋肉の構造など見慣れぬ英単語の氾濫でおまけに試験まであり、辞書片手に大変でしたが、ヨガのポーズともに体の構造がイメージできるようになり、週末二日間の集中コースでしたが、とってよかったと実感しています。もうひとつのヨガと内蔵との関わりのクラスの方はSrivatsa Ramaswami 氏によるもので、ハンドアウトはいっさい無く先生の話のみといかにもインド風、生徒は床にヨガマットを敷いて座ったり中には寝転がるってという人も、全くリラックスした雰囲気の中すすめられました。上品でおだやかなラマスワミ氏は、現在70歳、元エンジニアでもあったそうですが、アメリカのヨガの中でも盛んなVinyasa Yogaの創始者Krisynamacharya の現存する最後の直弟子ということで、直接教えを受けたいと世界中から受講しにやってくるようです。私も自己紹介のあとしばらく、日本からわざわざやってきたとみんなに思われていたようです。
すでに他のメンバーは、1ヶ月近くに渡ってラマスワミ氏のヨガのクラスを受講しており、クラス全体とても打ち解けた雰囲気で、私も方も前回に引き続いて2度目のクラスということもあり、肩の力をぬいてクラスに参加できました。ラマスワミ氏の人柄もあるでしょうが、クラス全体からとてもいい気が流れているのを感じながら過ごせたヨガならではのクラスでした。
明日を最後に控えたクラスの日、この日は、サーティフィケイトプログラムの最後の卒業式の日で、卒業式を終えてやってきたみんなの晴れやかな顔が印象的でした。
明日でみんなともお別れと思うと名残惜しく、明日のクラスのあと、すぐに飛行機で帰ってしまう人もいるということもあり、クラスが終わったあと、少し勇気を出して、先生を囲んでみんなの記念写真をとりたいと、申し出ると、先生もみんなも二つ返事でOKで楽しい記念撮影となりました。
そして翌日、いよいよ最後の授業。クラスのあと、みんなから先生にプレゼントが手渡されました。先生の嬉しそうな笑顔!そして、ありがとうの言葉。その後、生徒の一人から「開けてみて!」との声があり、先生がプレゼントの中身をゆっくり開くと、、、木製のフレームの写真立てが現れました。その途端、同じ彼女の口から「Thank you! Kazue」と私に向けられて言葉が発されました。そして、「あなたがみんなで写真を撮ろうと言ってくれたおかげで、先生のプレゼントが決まったの!ありがとう。」との言葉が。その途端、体中暖かさに包まれましれ嬉しさがこみあげてきました。
少し勇気を出して言った一言。それは感じた事を飲み込まず、そのまま言葉にして出すという行為でした。その行動が、また形を変えて、次の行動に繋がる。それが今回のみんなからの先生へのプレゼントになったということに、何とも言えない幸福感を感じることができました。
そして彼女がそれを私に言葉にして返してくれたこと。
YOGAとは、繋ぐという意味、その事を実感できた今回のクラス。五日間という短いクラスでの出会いでしたが、生涯忘れられない素晴らしい出会いとなりました。
「ブログにのせるかも」というと、みんな笑顔で「もちろんOK !」との返事。
みんなから先生へのプレゼントの写真です。最近撮ったお気に入りの一枚!

2008年11月18日火曜日

耳文庫の活動

11月も後半、日本の深まる秋とは裏腹にこちらは、日中の気温が毎日30度近くまで上がりまるで夏のような日が続いています。
先週末にオレンジカウンティーや、サンタバーバラなどの3カ所で同時に山火事が発生、悪い事にはサンタアナという季節風と重なり被害は拡大、民家を焼き尽くす悲惨な事態となってしまいました。火事はおさまったもののその影響で、ここ数日LA町の空は焦げ臭く大気中に熱気がこもったような状態で、夜になっても気温が下がらず熱帯夜のようです。

そんな状況の中、先週土曜日、ダウンタウンにある日系の引退者ホーム、Boyle Hight で耳文庫の今年12回目となる朗読発表会が開催されました。
耳文庫はLAを拠点に活動する朗読ボランティアグループで、1994年に、LA在住の肝付佳寿子さんの呼びかけで始められました。加齢や病気で読書が困難になった方達に本を読んであげたいという思いで一念発起、まずはその当時放送されていた日本語のラジオ番組で同志を募るというところからスタートされたそうです。96年にはNPOの認可を受け、
主に、老人ホームや、日本語学園や寺子屋という日本語親子会などを定期的に訪問し、他様々な交流を通じて、日本の文化とともに正しく美しい日本語を語り伝えていくというミッションを掲げ活動しています。現在、シアトルに転居となった会員が立ち上げたシアトル支部やトーランスやガーデナなど日本人が多く住むサウスベイエリアを拠点に活動するグループなど活動範囲も広がっています。
http://www.geocities.jp/terakoya_la/

ちょうどLAでの生活も落ち着き、何かボランティアの仕事をと思っていた矢先、見始めた日本語放送のTV番組で、作家飯沼信子氏の文章教室が朗読集団、耳文庫主催で行われるとのCMを耳にしました。かねがね機会があればまた朗読も始めたいと思っていたこともあり、早速問い合わせ8月に見学に出かけていきました。
見学したのは、3ヶ月に一度行われる文章教室の日で、そこで選ばれた五つの作品が耳文庫のメンバーによって朗読されました。作品のテーマは「私の宝物」。それぞれのストーリーに驚きや共感があり、和気あいあいと楽しい時間を過ごす事となりました。
メンバーは、こちらに長く住む人たちが多く、年齢も様々ならもちろん人間模様も色とりどり、耳文庫の活動を通じてまたいろんな出会いがあると、参加することにしました。

日米交流ロサンゼルス朗読会

夏の間は忙しく10月から参加した耳文庫、今回初めての「日米交流のロサンゼルス朗読会」が、リトル東京にある曹洞宗北米別院禅宗寺で開催され、入って早々ビッグイベントからのスタートとなりました。
日本側からは、日本人朗読協会の堀田紀寘さんがご主人と来日し、朗読が披露されました。その後日本語を勉強するアメリカの学生の登場で、星新一の楽しい短編小説が元気いっぱい朗読された後、耳文庫からは,ベテランのお二人による森鴎外の「高瀬舟」と、耳文庫の朗読の指導者である、木村秀隆氏の「羅生門」が語られました。
禅宗寺からの演目は、まず写経グループによる、柳澤桂子さんの般若心経「生きて死ぬ智慧」が、そして、秋葉玄吾僧主の道元禅師の「正法眼蔵」を解釈したという「修証義」の声明が、堀田紀寘さの朗読とともに披露されました。この場面では今回舞台となった本殿の仏像が鎮座する仏間のしきりが開かれ、舞台に並べられたろうそくの光の中に凛とたたずむ仏像の姿を眼にしながらといった趣のあるものでした。
入ったばかりの耳文庫でのイベントは、いろんな出会いを運んでくれました。今回日本からご夫婦で参加された堀田さんご夫妻。東京で朗読教室をされてる場所が、私の東京の住まいがあると場所ということで話が弾みました。そして今回の日米交流朗読会の実現は、数年前に急性の膵臓の病気で突然ひとり娘を亡くされるという試練を乗り越えての事だと知りました。娘さんを亡くされてから、精神世界を強く意識するようになったとお話しされていましたが、今回、堀田紀寘さんが朗読された、長谷川摂子の「人形の旅立ち」も死というものを見つめたファンタジー、物語を紡ぐその声は言霊のように私の心に深くしみ込んできました。
今回の日米交流朗読会、作品とととも色んな出会いが心に刻まれた一日となりました。
http://www.emikosroom.com/index.html#

第12回耳庫朗読発表会

11月15日、リトル東京の外れにある、日系の引退者ホームボイルハイツ(Boyle Hight) で開催されました。
私も出演する事になり、ここ数週間は朗読の練習に取り組みました。今回のテーマは、「絆」という事で演目は、親子の絆を描いた芥川龍之介の「杜子春」と、愛馬との絆が主題のモンゴルの民話を元にした「スーホの白い馬」の2作品です。
久方ぶりの朗読、私のパートは杜子春の第4部、仙人の住む山で一人修行をするが様々な魔性に肝試しされる場面です。二つ返事で気軽く引き受けたものの一筋縄では行かず、読めば読むほど自分の課題にぶちあたるといった2週間でした。今回再び朗読をスタートするにあたって自分へ課したことは、「無心の境地」で語るという事、そのことの難しさと朗読の奥深さを今回の発表会を通じて気づくことができいいスタートとなりました。

発表会が行われたボイルハイツ敬老引退者ホームは、カルフォルニアの日系アメリカ人が移住した当初の歴史的な場所にあります。天皇皇后もアメリカ訪問の際には何度か立ち寄られとの事です。ここの看護ホームへは3ヶ月に一度耳文庫のメンバーが訪問して朗読を行っています。
敷地内にいくつかの建物があり、その中にコンサートホールがあります。今回の発表会はそこで行われました。ホールの入り口は、アンブレラとテーブルが並びちょっとオープンカフェのようです。そこではボランティアの人たちの手作りにケーキが用意され安い料金で食べられるようになっています。そこは日だまりのよう、温かな空気が流れています。ほのぼのと明るい雰囲気の老人ホームです。私たちのイベントの前後にもお茶や詩吟といったクラスの集まりがあり、様々なボランティアの方が頻繁に活動されているようでした。

朝の10時から、書道の手書きのポスターに色画用紙で作った紅葉を貼ったりと、まるで学芸会のような準備のあと、リハーサルを終え、お昼はみんなの持ち寄りのポットラックスタイルのランチを囲んでわいわい。そして午後1時半から始まった今回の手作りの発表会も無事に終了しました。夕方オープンカフェでの反省会、その時、ふと焦げるようなにおいが鼻を突きました。
そこで初めて知った今回の山火事。見上げると空は、まるで幕が張ったように灰色に煙っています。
ダウンタウンから西に向かって家に帰る道中目にした夕日はいつもと異なり不気味に赤く、まるで炎の玉のようででした。

耳文庫の集会は、毎月第1、第3土曜に、リトル東京のメリノール教会で行っています。
連絡先は213−748−9955
ご興味のある方は、こちらまで。