2009年8月31日月曜日

Summer heats up in LA

8月も終盤、一ヶ月ぶりのブログとなりました。
今年は、June gloom と呼ばれるすっきりしない雲行きの天気が長引き、遅くやってきた夏でしたが、それでも時の早さは同じ事、今年もまた7月、8月と夏はみるみる間に過ぎていきました。

今年の夏の休暇もまたアメリカの国立公園に出かけていきました。アメリカで何が一番感動するかと尋ねられれば、迷わずその雄大な自然!と答えるでしょう。今住むカルフォルニア州をはじめ、アメリカ西部には大自然を満喫できる素晴らしい国立公園が数多く点在しています。
昨年の春は、カルフォルニア州のヨセミテ国立公園へ、夏には、大好きなキャニオンを見たいと、かねてから熱望していたアリゾナ州のレイクパウエルまで車で走り、更にアメリカ先住民の率いるジープに揺られアンテロープキャニオンを訪ね、その後ユタ州のザイオン国立公園を回りました。
そして、今年は、念願のイエローストーンへ。

YELLOWSTONE NATIONAL PARK


イエローストーンは、アメリカの国立公園生誕の地であり、同時に世界で最初の国立公園で、ユネスコの世界遺産にも登録されている世界屈指の自然の宝庫です。
実に有名なイエローストーンですが、いったいどこにあるのか?? まず地図で場所を確認するといった所からスタートし今回もまた夫とともにDiscovery America と、5泊6日の旅に出掛けていきました。
今回は飛行機でまずはユタ州のソルトレイクシティーまで飛び、そこからレンタカーでイエローストーン国立公園へ向けて出発しました。私たちが宿を予約した国立公園の西口のゲートまで、なんとユタからアイダホ、ワイオミングそしてモンタナと4州にまたがるドライブとなりました。
その道中の雄大な大平原と山並み、どこまでも続く牧草地や穀物畑で出会うのは馬に羊に牛と動物ばかり。日が暮れて到着したイエローストーンは、ワイオミング州の北西、ちょうど北はモンタナ州の境界に接するように位置しています。公園内は実に広大で、スポットを見学しながら車で一周するだけでも少なくとも3日はかかるといったスケールです。地形によって園内は5カ所に区分けされ、いまでも熱水をあげる温泉の宝庫、カイザーエリア、滝と渓谷が見事なキャニオンエリア、フライフィッシングで有名なレイクエリアに、草を食むバイソンなどが見られるプレーリーが広がるルーズベルトエリア、そして今も刻々と形を変えているという白い石灰の段丘が見事なマンモスエリアと実に様々な顔を持っています。鮮やかなエメラルド、透き通るサファイア、そして強烈なマスタードにオレンジと自然界のなんとも素晴らしい彩りの温泉群、ぼごぼと音をあげて熱水が吹き出す様はまるで原始の地球を見ているようで、地球の計り知れないエネルギーを感じます。
特異な地形とともに、ここはまた野生動物の宝庫としても知られ、今回の旅では、今では最も見る機会が少なくなったという灰色狼の姿をキャッチすることができました。期待のグリズリーやブラックベアー、そしてムースの姿は見れませんでしたが、草を食むバイソンやエルク、ちょっと珍しいところでお尻やお腹が白い鹿のようなPronghorntといった動物達との出会いが今回の旅をいっそう楽しいものしてくれました。





約1時間おきに熱水を吹き上げる
イエローストーンの代表的な間欠泉 Old Faithful Geyser















Artist Point と呼ばれる渓谷はまるで絵をながめている様















石灰が堆積してできた特異な形状の温泉段丘

Terrace Mountain











GRAND TETON NATIONAL PARK


イエローストーン南には、隣接してロッキー山脈群のひとつである、美しいグランドティトン(Grand Teton)国立公園が続きます。
イエローストーンの後はグランドティトン国立公園を北から南へと移動。ここは切り立った山頂を持つティトンの山並みがまるで絵のような風景です。裾野の草原は、香り高いセージの株が一面に茂り、色とりどりの夏の花に彩られて清浄な空気に満ちあふれています。山を背景にした湖もまた素晴らしく湖ではこの時期、ボートや水遊び、ほとりでは読書を楽しむ人々の姿、みんなその豊かな自然の風景の中でゆったりとした時間を過ごしています。なんだか今日の宿へとあわただしく先を急ぐ旅行者の自分たちの姿がおろかしく感じられてきます。いつかここでこんな風にのんびり一日を過ごしてみたいなという気持ちでグランドティトンを後にしました。またいつか訪ねて行きたい素晴らしいところです。

延々走ったワイオミング州、その面積は、アメリカで10番目と広大ですが、人口はなんと50州中50番目で最少。
州内の土地の多くが国立公園や国指定の森林に指定されていることもあるでしょうが、今回車で走ってみて納得です。ほとんど道中目にするものといえば、延々と続く牧草地に、そこで草を食む馬に牛に羊たちと、動物の姿ばかりでした。

周囲を山に囲まれた美しいソルトレイクシティーの空港を後にして、ロサンゼルス空港到着は日曜の夜。
空港近くの駐車場に預けておいた車をピックアップして、いつものフリーウェイへ。日曜の夜だというのに凄まじい車の波が猛スピードで走り抜けていきます。一瞬背筋がゾッ!となり、旅の余韻は一気に吹っ飛んでいきました。
LAに戻ってきました。ここは、車と人のひしめく大都会。

さて、8月も終わりを迎えてLAは、 気温が一気に上昇、夏は後退するどころか、ヒートアップ現象で、乾燥と高温のため山沿い近郊では数日間に渡る大規模な山火事が発生している始末です。そして今日も気温は、一段と高い。
炎とともに異様な暑さが続きそうです。

2009年7月22日水曜日

夏の盛りの Hermosa Beach


週末ふらりとでかけたHermosa Beach。ここにCool Jazz 発祥の歴史的なジャズクラブ Light House Cafe が今なお健在と耳にし、日曜日には生演奏つきのブランチがあるということで行ってみる事にしました。初めて訪ねたHermosa Beachは、LAの町から高速でわずか30分足らずの距離と、我が家からも実に近場のビーチタウンでした。
すでに7月も下旬にさしかかり、LAは今や夏のまっ盛りを迎えています。朝から太陽は高く輝き、連日の暑さです。
到着したのは午前10時を回った頃と、日曜の朝としては早めのスタートを切ったつもりでいましたが、すでに町の駐車場はどこも満員御礼状態。夏のビーチの朝は早いようです。町は人々の活気で満ちあふれていました。
仕方なくビーチから少し離れた場所に車をとめて、とりあえずその伝説のジャズクラブへと足を運びことにしました。
高台にある町からは海が一望でき、水平線とともに広がる海を臨みながら坂を下っていくと、やがて目の前に白い砂浜のビーチが現れます! 坂の斜面沿いに立つ家々は、こじんまりとしかもしゃれていてちょっと地中海風の香りがします。ビーチに近づくにつれて坂道沿いに、地元のショップやレストランが増えてきます。住居と町、そしてビーチとが見事に溶け合った、イカしたビーチタウンです。
目的のジャズクラブ、Light House Cafe は、坂を下りきった海のすぐそばにありました。すでに店内ではジャズの生演奏が行われていましたが、ちらりとのぞいて素通り、太陽に誘われるまま足はビーチの方へと動き出しました。砂浜に並ぶカラフルなパラソル、ピアのデッキ橋には、釣り竿がズラリと並んで、魚釣りを楽しむ人々でいっぱい。釣り人のバケツを覗き込んでみると、ちょっとキスのような感じの魚が何匹も泳いでいます。「これ食べれるの?」なんてことを興味本位で聞いてみると、以外にもこれは「更に大物を釣り上げる為の餌」だということでした

Hermosa Beachの砂浜は起伏が無いため、世界に冠たるビーチバレーのメッカだということを今回知りました。そしてビーチの前の広場には、伝説のサーファーTim Kelly の像があり、同時にまたサーフィンの聖地の風情です。

LA近郊から続く南カルフォルニアは実にビーチの宝庫、住んでみてその数の多さもさることながらその自然の豊かさに驚いています。そんななかでもHermosa Beachは、キラリと光る素敵な海の町でした。





夏の盛り、今年もまた誕生日がやってきます。
40も半ばを過ぎると年齢不詳と、自分の年を間違えることもしばしばですが、さすがに区切りの年を迎えるとなると、その数字は今や鮮明に頭に刻まれております。
そして今年に入っていっそう気になり始めた50という数と同時に知った様々な50Anniversary

アメリカ生まれと思いきや、実は日本生まれだったあこがれのバーニー人形。
CMソングが今も口から飛び出すヤンマーディーゼルのヤン坊・マン坊。ともに生まれて50年。
そしてこの春訪ねたハワイでは、今年8月でアメリカで50番目の州となるハワイ州生誕50周年と知りました。

先月の終わり、、、マイケル・ジャクソンが突然死亡。
享年50歳。

もう50! それとも、まだ50?

どちらにしても、50はちょっと重い。

明日の誕生日を前に今年も母から「おめでとう!」のの電話、そして「そっちはまだだろうけど日本はもう23日になったよ。」と昨年同様のせりふです。
いよいよきました。

おかげさまで50です。ありがとう。」




 今年8月で50周年のハワイ州 ワイキキビーチの夕暮れ


 
                   


                    

2009年7月5日日曜日

Happy Birthday America

この週末は独立記念日の祝日をはさんでの連休となりました。7月4日の Independence Day 、こちらではむしろ日付そのまま Forth of Julyまたは July Forth と呼ばれの事の方が一般的なようです。この日はまさにアメリカの国民的祝日、一部スーパーなどを除いてどこのお店もお休みとなり、町は星条旗に溢れます。
独立記念日といえばまず浮かぶのが、バーベキューに花火、そしてそれぞれ出し物に趣向を凝らした町挙げてのパレードといったところでしょうか。

ちょうどこの頃アメリカは夏本番を迎え、今年もまた太陽はぎらぎら!エネルギーみなぎる夏まっ盛りの祝日となりました。


INDEPENDENCE DAY PALADE @HUNTINGTON BEACH

今年は、LAの南、太平洋 沿いに広がる数あるビーチタウンのひとつ、Huntington Beachで催されるパレードに出かけていくことにしました。Huntington Beach はサーフィンのメッカとしてその名を知られていますが、独立記念日のパレードもまたミシシッピー以西ではアメリカ最大の規模と名物のようです。そして今年はちょうどパレード100周年のお祝いの年となり盛大に祝われました。

10時からスタートしたパレード、コースとなる沿道には星条旗のみならず、赤、青、白の星条旗カラーを身につけた人々で溢れ、町中の家々もまた星条旗カラーでデコレーションされて、お祝いモード一色です。














パレードは町の住民挙げてのお祭りとあり、披露される出し物は、高校のチアーガールや様々なサークル、はたまた地元のレストラン登場とローカル色に溢れ、そして老若男女の参加者でアットホームに催されます。それぞれ趣向をこらした出し物が紹介されると、沿道の人々も声援で答え場を盛り上げと、みんなで楽しんで祝う実にアメリカらしい手作りの風物行事でした。















アメリカで暮らしていてしばしば感じることの一つは、町それぞれが独立した自治体として個性をもって存在していることと、町の住民の意識の高さ。
今回もまたパレードを見ながらそのことを感じました。
アメリカの独立とは与えられたものではなく、勝ち取ったものだということを思い返しながら、アメリカの独立とともにアメリカ人が誕生したのだということを改めて感じました。そして独立記念日という日もまた国から与えられた祝日ではなく、自らが自立、独立、自由の精神をそれぞれに刻む日なのではということを肌で感じた一日となりました。


FIREWORKS @LONG BEACH

独立記念日の夜は、花火で盛大に締めくくられるのがお決まりです。
花火の質と量共に日本がやはり最高で、こちらの花火の物足りなさはいなめませんが、それはさておき人々の盛り上がりはここにきてピークを迎えます。
そしてLA近郊の太平洋岸に沿ったビーチタウン、ここHuntingtonBeach 界隈にもRedondo Beach、Long Beach、Newport Beachといった町がひしめきどこも夜は花火のメッカとなります。

LONG BEACH は、ロサンゼルス港と並ぶ全米でも屈指の港町。石油に代表される産業を持ち海沿いには高層ビルがそびえ、町というよりは都市の様相です。
一方、リゾートアイランドカタリナ島へのフェリーの船着き場や、豪華客船クイーンメリー号、水族館、Aquarium of the Pacific (www.AQUARIUMOFPACIFIC.ORG) などアトラクションも多く点在し、休日はレジャーを楽しむ人々でにぎわいます。

独立記念日のこの日は、水族館が夜の10時までオープン、バーベキューディナーとのコンビネーションチケットも用意されということで、夜の9時にスタートする花火までここで時間を過ごす事に決めました。

Aquarium of the Pacific は、LAを代表する水族館ですが、思ったより小規模で、少々物足りなさを感じましたが、色鮮やかなコーラルや、熱帯魚などの水槽はとてもきれいで印象的でした。














予定していたより早く見終わってしまい、
5時半からスタートする野外のバーベキューディナー会場の方へ早目に足を運びこととしました。芝生の広場には二人で座るには大きすぎるテーブルが一面に並べられています。料理はお決まりのビュッェスタイルで、ハンバーガーにチキンのバーベキュー、ポテトにコーンと内容もこれまたお決まりのメニュー。
大きなテーブルに二人ポツリと座っていると、しばらくして3人ずれアメリカンファミリーが加わりました。そして夫と日本語で話をしていると、おもむろに母親らしき女性が、「娘が日本語を勉強しているの」と話しかけてきました。
こちらで8年生という女の子、ちょうど食べ盛りの年齢なのでしょうが、既に両親より大きく、私の3倍はありそうでしたが、話しかけるとまだまだかわいらしく、日本のアニメが大好きで、独学で日本語の勉強を始めたのだ、と話してくれました。おばあちゃんにはスペイン語でもやった方が役に立つよ、と言われるのだそうですが、日本語熱は「もうどうにも止まらない!」のだそうです。最後にこちらで人気のアニメ、イヌワシャの主題歌を披露してくれました。それを聴いてその完璧な日本語に夫とともに仰天!!顔を知らなければ日本人が歌ってるとしか思えないほどです。「へぇ〜上手だね!日本語の才能あるんじゃない」というと「学校でもみんなにそう言われる」と誇らしそうな返事が戻ってきました。

こちらで生活を始めて、アニメを通じて日本語に興味を持ってくれる子供達の出会いがしばしばあります。日本の長引く不況でここカリフォルニアにおいても日本企業が撤退する中、一時の大学などでの日本語熱は今や消えかかっているような状態とのことですが、その一方で日本のサブカルチャーの人気による子供達の日本語熱の高まりにはいつも驚かされます。そうした子供達の為に日本は何か政府をあげてやるべきことがあるのでは? アメリカのそして世界の子供達が日本語を通じて日本への理解を深めてもらえれば、次世代につながりるとても素晴らしい文化交流になることだと思います。

さ〜て、ロングビーチで花火を見終えた帰りは、家路に向けて高速も地道もずっと花火街道が続き、凄まじい渋滞!家に帰り着いたのは夜中を過ぎ日付が変わった頃となりました。
「もう来年は花火はいいや」と、うんざりでしたが、、、、

On Independence Day、 アメリカを肌で感じるには、どこか近くの町のパレードに足を運んでみるのもいいかもしれません。

2009年6月26日金曜日

Forever Michel Jackson

先週のNBLの決勝戦、7年ぶりのレイカーズの優勝で湧きに湧いたLAの町。盛大な祝賀パレードが催され、その費用はなんと2ミリオン、その半分はロサンゼルス市が負担という話に、この不況時にけしからんと反対意見の声があがるや、それならばその半分を寄付しましょうとの人物が現れ、とまさにアメリカ的に問題解決! 予定通り華やかにパレードは執り行われた。その様子はTVで生中継され、祝いにかけつけた大勢の人々が見守る中、LAの町は お祝いムード一色に染まった。究極のプレイで今期MVPを獲得したレイカーズのスパースター Kobeの笑顔が最高に輝いていた。

そんなLAを舞台に今週は一転、突然のマイケル・ジャクソン死亡報道、そしてチャーリーズエンジェルで知られる女優ファラ・フォーセットの訃報も重なり、ハリウッドにその名を刻むスーパースターの衝撃のニュースにメディアの話題は一色に塗り替えられた。

70年代を象徴するスーパースター、ファラ・フォーセット。ちょうど先月、再発した肝臓癌克服のためドイツでの最先端のキモセラピー治療と戦う姿がドキュメンタリー”Farra's Story”として赤裸々にTV放映されたばかり。癌の再発にもひるむことなく挑みつづけるその姿に、何事も力で対峙するアメリカ的なものを重ねて見るような思いがしたが、ぎりぎりのところで生きる人の姿は美しく感動的だった。中でも後半治療の副作用で、彼女のトレードマークの見事な金髪が抜け落ちていくシーンは、最も胸につきささった。丸坊主となった姿で画面に姿を現したファラ・フォーセット、彼女の表情は澄み切って今まで以上に美しく感動的だった。ファンからの手紙を宝物のように読む彼女の姿、ドラッグ中毒の息子が刑務所から末期の母親を訪ねてくるシーン、事情を知らない私は息子のその足に繋がれた鎖に驚きながら、今回のドキュメンタリーが、有名人であるが故に過去に病院から彼女の癌治療の詳細が漏れたというプライバシーの問題にも起因している事で、今回あえて自らすべてを記録として公開した彼女の赤裸々さに圧倒される思いだった。ずっとそばで彼女を見守る伴侶のライアン・オニールやエンジェル時代の親友との絆、人間に生きる力を与えているのは人とのつながりなのだとしみじみ思う。生きることの意味は、癌であろうが無かろうが変わらない普遍のものなのだということを見せてもらった。
今はもう安らかに、、、「きっと神様がもうこれ以上がんばらなくてもいいんだよと言ってくれたのだとな」と、訃報の記事を目にしながら夫が一言。私もまた同じ思いである。


Forever Michel Jackson


"King of Pop is dead at 50
" との見出しとともに飛び込んだマイケルジャクソンの死亡報道。
ここLAを舞台に世界が震撼、新聞では連日のトップの記事が続き今メディアは目にするもの耳にするものすべてがマイケルジャクソン一色に染まっている。
80年代を象徴するスーパースターマイケルジャクソン、90年代にはエンターテイメントの世界から遠ざかり、私生活の奇行ぶりばかり取りざたされていたようだが、今年数年ぶりにカムバックとなり、世界ツアー直前での出来事だった。初日のロンドン公演を目前にひかえ、ダウンタウンのSTAPLE CENTER での調整を終えて帰宅した直後の心臓発作、原因は死亡解剖の後でとはいいながらも薬のOVERDOSE? 復帰の為の過度の練習?と様々な憶測が飛びかっている。
連日TVの画面に映し出されるマイケルジャクソンの姿、その歌とダンスで繰り広げられる超越したパフォーマンスには今更ながら驚かされる。彼自身が音楽そのもの、ダンスそのものようだ。常に進化し続けるマイケルジャクソンのその舞台はどれをとってもEXTREME 、まさに極限の域。
世界の人々を魅了して名声とともに手にした富もEXTREMEなら
その成功と表裏一体をなす、それとバランスするかのような負の要因のもまたEXTREME。
ピーターパンを夢見て失われた子供時代をうめる現実逃避のユートピア、NEVERLAND。
整形や、白人化で奇怪に変貌する容姿。
プレスリーの置き形見との結婚に離婚。養子問題、裁判事件、、、 

どれもまるでアメリカという国を体現しているように思う。個人の才能を圧倒的なお金の力で成功という形に変えてしまうアメリカのシステム。お金があればあるほどHuman life から遠ざかり幸せは見えなくなる。マイケルジャクソンを通じてアメリカというものを改めて見つめ考えさせられる思いがする。

今画面に次々とと映し出されるマイケルジャクソンの姿。
ジャクソン5の頃の生き生きした笑顔に心救われる。
はち切れんばかりの歌声、歌って踊ることが最高に幸せそうだ。
その後、不動の成功と名声を手にどんどん進化するように変貌して行くマイケルジャクソン。
しかし、今亡くなって、改めて私たちの前に鮮烈に蘇ったマイケル・ジャクソンのその姿は、すべての負の要因を超越して、ひたすらに美しいと感じる。
その舞台は極限でPURE、そしてその生き様は痛々しいほど人間的で澄んでいる。

50歳再スタートの舞台は、THIS IS IT!

今、その命と引き換えに、MICHEL JAKSON FOREVER!!








7月7日に
MICHEL JAKSONの追悼式が執り行われることとなったSTAPLE CENTER
そこには特大ポ
スターが設置され、メッセージを書き込む人々の列が







 














   

2009年6月9日火曜日

Malibのインド寺院と古代ローマ邸宅

Sri Venkateswara Temple

6月に入ってもすっきりしないお天気が続いているLAですが、週末の日曜日は朝から気持ちよく晴れ、LAの町からもほど近いサンタモニカベイの海沿いに広がる美しいビーチタウン、マリブ へと出かけていきました。まさにマリブ日より!マリブと言えばサーフィンにセレブの豪邸といったイメージですが、今回出かけた先は、ビーチならぬ、 Sri Venkateswara Temple、別名Marib Templeとしても知られるヒンズー教のインド寺院です。昨今頻発している山火事でも知られることになったマリブ、海を背景にすぐ目の前にはサンタモニカマウンテンの山並みが広がり、山と海に囲まれた実に自然豊かな景観です。そんなマリブの町の山側、Calabasas の丘の麓にSri Venkoteswara Templeの白亜の寺院がたたずんでいます。
               
        青空の下、眩しい白さ!Sri Venkoteswara Temple
マリブの山道にをたどり、緑の丘から突如目の前に現れた真っ白な建物! 青空の下、あまりにも美しいコントラストを放っています。そしてここもまた、先月訪ねた台湾のHsi Lai Temple、先週のWat-Thai Templeと同様、本国(南インド)の伝統的な建築様式で建てられた本格的なスタイルを持つ寺院でした。まず目に入るのは、お寺への入口となるgopuramと呼ばれるピラミッド型の石造りの塔。外面には龍や獅子、蓮の花など様々なモティーフの彫りものが施されていてとてもデコラティブです。そのエキゾチックな様を見ているだけで、もうはるかインドにやってきたような気分になります。信者の人たちに見習ってまずは外で靴を脱ぎ、裸足になって中に入って行きました。そこには、中央の大きなお堂を真ん中に四方に小さなshrine、聖堂があり中にはラマ、クリシュナといったヒンズーの神様が祀られています。信者に混じって、まず小さなお堂を順番に回り、神様にお祈りをします。既に石の床は太陽をあびて足の裏はぽかぽかと暖かく、裸足でお堂を回っていくのは何とも気持ちのよいものでした。そして最後本堂へ入っていくと、数名の僧侶に混じって一人オレンジの衣を身につけた長老らしきお坊さんの姿が見受けられました。その独特の風貌、醸し出される雰囲気に突然奥深いインドの山村に迷い込んだかのような戸惑いを感じました。祭壇の方に足を運ぶとそこにははシバ神のシンボルであるリンガムが祀られています。しばらくして若いお坊さんが祭壇にやってきて何やら儀式のようなものが始まりました。まず最初に花の汁のようなうす黄色の聖水が手のひらに注がれそれを口に含むと、次には真鍮の椀のようなものが順番に頭にかぶされていきました。これまた見よう見まね、流れに任せて儀式は知らない間に始まりそしてとどこおりなく終わっておりました。初めてのヒンズー教の礼拝に神妙な気分です。

大黒天に、毘沙門天に、弁財天と、日本の神々もまたヒンズーの神々の生まれ変わり。「すべてを呑み込むヒンズー教、、、」とあった本の中の一節がふと頭に浮かんできます。
お寺を出ると、再びそこにはカルフォルニアの青い空が広がっています。その青空の中でひと際白く輝くインド寺院。
ここはインドか? はたまたアメリカか?
空に境があるじゃなし、世界はひとつにつながっています!

  Sri Venkoteswara Temple: 1600 Los Virgnes Canyon Road, Calabasas, CA 91302
   アメリカにおけるヒンズーコミュニティーの礼拝堂として地域のボランティアを中心
   に運営され、一般にも開放されています。



さて午前中ヒンズー寺院でお祈りを済ませ、午後からはマリブの海沿いに建つ、古代ローマの邸宅、The Gettty Villaへと一足飛びです。
海岸線まではマリブの渓谷沿いの道を通り抜けることとなりました。道路には、"Sceanic View" とのサインが!しばらくすると渓谷の谷間を縫うように飛ぶヘリコプターに遭遇、そして私たちの車と並ぶようにしてすれ違います。ワァー!と歓声をあげるやいなや今度は、対向車線にフェラーリの車が次から次へと轟音をあげて通りすぎていきます。その数は際限なく赤,黄、緑、紫、 etc. と実にカラフル。つい先ほどのインド寺院から一転、今度はまるでハリウッド、映画の中に入り込んだかのような世界にここはマリブとガッテン!

さていよいよ右手に緑のキャンパスが見えてきました。サンタモニカベイを目の前に臨むPepperdine大学 のマリブキャンパスです。なんとも素晴らしい眺め! そして目の前はもう海です!!
そこからは海沿いをしばらく走るとゲッティ・ヴィラに到着です。















The Gettty Villa



高級邸宅地として知られるマリブの海沿いに建てられた、石油王 J•ポール・ゲッティー の邸宅The Gettty Villahttp://www.getty.edu/visit/
現在は美術館として、ギリシャ・ローマの古美術品の収集家として知られるゲッティー氏のコレクションが一般に公開されています。コレクションの公開を目的に美術館として開館したのは1954年に遡り、その後火山の噴火で埋まった古代ローマの邸宅パピルス荘を復元する形で新たな建物が建造され、1974年にゲッティ・ヴィラとして新たに開館したそうです。1997年、ロサンゼルスの名所としても有名なゲッティーセンターがオープンする半年前一時改装の為ながらく閉館となっていたのですが、2006年に再びオープンされ今とても人気の高い美術館です。
入場は人数を制限しているため、ネットで予約をいれなければなりませんが、ゲッティーセンター同様、入場料は無料、駐車料金の10ドルのみで入館できます。
海を面した一号線沿いに、邸宅の門がありそこをくぐって丘を登るように進みます。車をとめてからその先はまた更なる傾斜で、まさに丘の上の邸宅です。エレベーターもありますが階段をのぼって行くことにしました。のぼりきると緑で埋まった敷地の間から覗くように太平洋が臨めます。ここで一息、そこから美術館の建物はまだ先です。想像したよりもずっとビッグスケール。さすが、当代随一の金持ちであったゲッティーの夢の邸宅です!
少しいくと、古代式の円形劇場が現れその規模にびっくり、そしてその先に美術館の建物が見えました。建物は中庭を囲むようにいくつかのギャラリーとして設けられそこに美術品が数多く展示されています。建物もさることながら内装もまた本格的に復元され、壁や床の大理石に至まで見事鑑賞の対象です!建物の回りには大庭園を含め4カ所の庭があり、美術品のみならガーデンツアーも用意されています。美術作品は、古代ローマが中心ですが、ギリシャのオリジナルも多く、美術本で目覚えがある作品もチラホラ、素晴らしいコレクションでした。今、LACMA(ロサンゼルスカウンティーミュージアム)ではポンペイ展が開催中、ちょうど先月出かけて、古代彫刻もいいものだなと思っていたところで、じっくりと楽しむことができました。
入場制限はあっても時間制限はありません。現代によみがえった古代ローマの邸宅での美術鑑賞、潮風に吹かれながらゆったりとした時間を過ごせます。お腹が減ったら美術館のカフェもおすすめです。

休日のマリブ、インドの寺院から古代ローマの大邸宅へと時と空間を駆け抜けてた一日でした。

2009年6月3日水曜日

華麗なる Wat Thai Temple

6月になりました。今月からいよいよ「Balance of Life」始動、まずは、週一回のヨガのクラスからスタートです。クラスを通じて人々との出会いを大切に、自己研鑽の場としてしっかり取り組んで行きたいと思っています。
週末5月最後となった日曜日、そんな私のクラスを支援してくれる友人と、North Hollywood にあるWat Thai Temple へと出かけて行きました。
朝のヨガでしっかりお腹を減らせた私たち、高速を降りてほどなく到着したそのエキゾチックなお寺の外観に歓声を上げながらも、まずは野外のフードコートへ一目散。おなじみのパッタイなどガラスケースに並んだお惣菜をいくつか選んで、なんとか間に合ったランチにとりあえずほっと一息です。既にランチタイムは過ぎ、食事をするのは私たちだけでしたが、ちょうどすぐそばのホールから太鼓や鈴の音が聞こえ、なんとも生演奏を聞きながらのHappy Hourとなりました。

ここLAは実に多彩で多様なエスニックの宝庫、Wat Thai Temple もまた前回訪ねた台湾のHsi Lai Temle と同様、そんなLAを彩る代表的なアジア寺院のひとつです。寺院内に足を踏み入れるともうそこはタイランド!
お寺の入口には色鮮やかな衣装の巨大な2体の守護神が構えています。そこで写真を撮ろうとすると、太陽のようなオレンジ色の衣を身に着けた若いお坊さんが、二人を入れて採ってあげましょうと声をかけてくれました。カメラを手渡そうとすると、直接渡してはいけないらしく、いったんカメラを置くように指示され、そのあとで手にされました。お坊さんに写真を撮りましょうと、声をかけられたのも初めてでしたが、この行為もまた新鮮でした。
その後少しお坊さんと話をし、タイでは兵役のように若い頃に一度お寺に修行に出るのだそうで、そのあとまた世間に戻ることも自由だというようなことをうかがいました。
お寺の中には正面の奥に金色に輝く美しい仏像が鎮座しています。
タイ特有のスレンダーな仏像で、顔の表情はやさしく眺めているだけで心がなごみます。
仏像のすぐ前まで近づいていくと、お賽銭を入れる真鍮の丸い入れ物がいくつも並んでいるのが目にとまりました。どこの入れればいいのかな??と思っていると、それを察したかのように近くにいた信者らしき男性が、賽銭箱は曜日順に並んでいて、生まれた曜日に入れるのだと親切に教えてくれました。そして(慌てることなかれ!)、私たちのように何曜日に生まれたか知らない人の為にも最後にひとつちゃんと用意されていました。
ご親切なその方、日本とタイは「仏派は違っても同じ仏教徒」などと言いながら、今度は隣に座っていらっしゃる小さな緑色の仏像についても教えてくださいます。名はエメラルド仏、そしてタイには全身エメラルドでできた仏像があるのだと誇らしげにおっしゃられます。とても特別な仏様のようです。エメラルド仏に願い事をして叶ったら、お礼に卵をお供えにもってくるのがならわしだそうで、この仏像の後ろにもたくさんの卵があるそうです。そういえば、ランチの一品はきれいな黄色の半身のゆで卵が入った料理だったこと
を思い出しました。おもわず「今日ランチにここで卵を食べました!」と言うと、隣に座っていた友人は、そんなこと言っちゃぁ〜(まずいかも?)と苦笑い、私の方では食べたからきっとご利益あるんじゃない?なんて調子なのですが、、。ご本人の耳には届かなかったとみえ、つづいて黄色い蝋燭と3本の長いお線香が手渡され、蝋燭に火をつけて手を合わせたあと、お線香を外の香炉にたてにいきました。
エアメラルド仏と思いがけない出会いでした。

「タイの人は笑顔が美しい!」以前一度タイに行って以来の印象です。そしてここWat Thai Templもまた素敵な笑顔にあふれていました。

お寺の中では別の先輩格のお坊さんがお寺や仏像の説明をしてくださいました。
以前日本に行ったことがあるとのことで、日本語も上手に話されます。そして来月はまた東京荒川区にあるタイのお寺に行き、3ヶ月間日本語を勉強するのだとお話でした。
お話のあと、ぜひ3ヶ月後に日本語が話どれだけ上達したか話をしに来てください。とこれまたとびっきりの笑顔で言われました。

はーい!!必ず来ます! できれば1ダースの卵を持って。

2009年5月19日火曜日

小さなインドへの旅

Potluck Party

4月から再びスタートしたインド料理のSpring Session、5回のクラスもあっという間、先週で終了となりました。今期で3回目となるこのクラス、春という事もあるのでしょうか、今期は参加者が倍増、20数名の大所帯となりました。そして今回もまたみんで作って食べてわいわいと楽しいクラスでした。リピーターのメンバー達とはすっかりうちとけ、私も既にインド料理常連チームに仲間入りです。今月はじめには、そんなリピーターのメンバー、Stacy のかけ声で今月の初め彼女の家でインド料理のポットラックパーティが催されることになりました。Stacy の家は、我が家から大通りを一本隔てた閑静な住宅地Cheviot Hills にあり、なんとも目と鼻の先のご近所さんでした。
パーティーが始まったのは夜の7時。私は夫とともに肉じゃがにちらし寿司、そしてレフトオーバーの赤ワインでワインゼリーのデザートを付け加えて持参しました。アメリカ人もインド人もとにかくジャガイモが大好きなので、日本のジャガイモ料理の定番とまず肉じゃがに決定。インド料理のエッセンスとして、肉の毒消しにもなるターメリック、そして料理に向くインドの黒砂糖、jaggery を使って作ってみました。到着してStacy 一家に挨拶するや、まずは会場のキッチンへ。みんなの持参した手作りの料理が並べられていきます。隣接するダイニングには、テーブルがいくつも用意されまるでレストランのよう、さすがは広いアメリカンホームならではです。みんな挨拶もそこそこにレシピを紹介しあって食事の前から既盛り上がっています。さ〜てお待ちかね、ワインとビールで乾杯のあといよいよ食事開始!
料理はどれも抜群においしく、さすがは料理教室のメンバー主催のポットラックパーティーと大満足。食事のあと、大きくなったお腹をぽんぽんとた くと、それをすかさず見ていたNoorani 先生から大きな笑い声が飛んできました。    
                          見よ!christianのこのお
腹!!      





           
                             Noorani先生と
Daytrip to Little India


クラスが終了となったこの週末の日曜日、Noorani先生の引率のもとクラスの数人と待ちに待ったLittle India へ小旅行にでかけていきました。先生の車に乗せてもらうことになり、最近パキスタンからアメリカに移住してきた妹さんも同行、3人でlittle india へ向けて出発です。little india と呼ばれるArtesiaの町へは高速に入って30分ほどの距離、休日なので渋滞もなく快適なドライブです。高速のインターを出るとすぐ、pioneer boulevard につながりすぐに通りに面してインド食材店をはじめ衣料品や家庭用品などインド商品を扱う様々なショップがみえてきます。
昼前にみんなと集合、
まずは、インドのデザート菓子やスナックの専門店、SAFATI FARSAN MARTで軽く腹ごしらえ。

レシピにずらりと並ぶメニュー、目を通すものの味の見当はつかずですが、今回は大船に乗った心持ち。
Noorani の采配でいろんなデザート菓子やスナックがテーブルの前に登場。説明を受けながらみんなで試食会です。
殊にプリのメニューの多さに驚きました。プリは、チャパティーを小さくした丸パンを油で揚げたようなものなのですが、中に色んな種類の詰め物があって味も様々です。
スナックの一品に、日本のあられのようなものが登場、日本のあられはお米で作りますが、インドは、basan と呼ばれるひよこ豆の粉が材料です。中には豆やスパイスが混じり、インド特有の風味です。そのままスナックにしてもよし、サラダに混ぜてもよしで便利とさっそく買って帰り今サラダのシーズニング代わりに重宝しています。豆が原料なのでタンパク質も補えておすすめです。
その他インドのとてつもなく甘〜いお菓子からスパイシーなものまで、店内のガラスケースにずらり!その種類の多さにびっくりです。
ケースのひとつには丸や四角、菱形に涙のしずく型と実に様々な形と華やかな色の甘いお菓子がずらりと並びます。なんだか日本の和菓子の原型をみるような思いでした。形は様々ですが、材料はどれもひよこ豆と砂糖からできたあんこで作られるようです。
また別ののケースには油で揚げたお菓子が並びます。日本の揚げせんべいやかりんとうに似たものもから細長い紐状のものをとぐろ巻きにした形のものなどこれまた様々。いくつか味見をさせてもらったところでこちらのケースのものはどれもスパシー、かりんとうとおぼしきものも想像とはかけ離れた味付けでした。日本ならきっと醤油味となる事でしょうが、何種類ものスパイスが混じり合った不可思議な味です。
しかし味は違えど、姿、形はなんだか懐かしくどこか日本の伝統菓子と繋がっている気がしてきます。ふと日本で習っていたインド料理研究家のミタ先生の言った忘れられない言葉が浮かんできました。日本に来て30年という先生ですが、今まで日本で驚いたものはひとつもないとおっしゃるのです。なぜなら「すべてインドにありますよ」とのことでした。
もしかしたら??和菓子のルーツはここに並ぶ様々なインドのお菓子なのかも?なんだかそんな気がしてきました。

少しお腹が一杯になったところで、

インドミュージックのお店や、インドの洋服屋さん、そして先生の弟さんが経営する素敵なジュエリーショップなどをはしごです。

CDショップでは、インドのマントラと、今年Slumdog Millionaire でアカデミー賞を受賞した
A.R.Rahman の ”Jai Ho ”が入ったコレクション版を買いました。CD3枚入りでなんと10ドルほど。更嬉しいことには、CDは頼めばすべて開封して視聴させてくれます!

洋服屋は女性達が夢中で試着、、、おかげてあれこれ見て楽しませてもらいました。


そしてクライマックスはなんといってもインド食材店。
豆やスパイス、調味料などなどみんなでNoorani を囲んで大騒ぎの食材めぐり。
LAのインドのお店は、インドの喧噪とはかけ離れどこも整然としているのですが、やはり食材店の中はひしめくインド人で一杯!ちょっとしたでインド的カオスを楽しめました。

一仕事終えたところで、早めのディナーは南インド料理の名物ドーサの専門店 Udupi Palace へ。
ここのドーサはロサンゼルス一とか、、、確かに今まで食べたドーサの中で見事一番のおいしさでした!

そしてしめはアメリカ人が喜ぶアイスクリーム!食べる前からみんな大はしゃぎでモールの中にある人気店、The Safron Spot を目指します。
インドならではのクルフィーやグアバ、サフラン味などなど種類も多くユニークな品揃えでここでもみんなで一通り味見。
私には少々甘すぎるのですが、みんなはアイスクリーム片手に幸せそう〜、微笑ましい光景でした。

そんな小さなインドへの一日旅は、お天気にも恵まれ、子供のの頃の遠足の様にわくわくと楽しいものでした。